第9話 後日談。Zarmanochegas
私はインドへ帰るための荷造りをしていた。荷のひとつは、もちろんシャルマンジーの骨壺である。
ニコラウス卿と、ボエトゥス博士と弟子たちが、揃って私を訪ねてきた。自分たちでアテナイにシャルマンジーの墓を作りたいと言った。
「これはつまり、私たちの罪滅ぼしです」
ニコラウス卿が言った。
「ご冗談でしょう」
卿たちからは敬虔な気持ちしか感じなかったが、私は当然遺灰をナルマダー川に流すつもりだったから、こう言ったのである。
「どうかそうおっしゃらずに」
「いやしかしですね、インドでは」
そのとき私は内なる夜叉の声、いやシャルマンジーの声を聞いたような気がした。「どうでもよい」と。それでは分骨? いやそれは何かシャルマンジーをふたつに裂くような思いがして、善くない、と思った。
「わかりました」
私は骨壺をニコラウス卿に渡した。
「ありがとう。墓標を刻みたいと思います。この方はどちらのお生まれだったのですか」
「バリュガザです」
墓はアテナイに建てるのだから、ギリシア人たちの音でいいだろうと思った。
「ああ、かのインドの交易の町バルゴザ」
「バリュガザです」
「バルゴザですね」
どうも、エリュトラー海のギリシア商人とローマ一般とでは少し音が違うらしい。
「それでお名前は?」
「シャルマン・ケージャジーです」
かの聖仙への送り名として、私にはこれ以外に思いつかなかった。
「なんですって?」
「ですから、Śarman Kheja jiです」
ニコラウス卿は書き留めて、 骨壺を持って皆帰って行った。それで私は、シャルマンジーの墓を見届けてから帰ることにした。
アクロポリスの丘を降りてすぐの森の中に、その墓は出来上がっていた。墓標には次のように記されていた。
「ここにはバルゴザ出身のインド人、Zarmanochegasが眠っている。彼は先祖の慣習に従って自らを不滅にした」
なんということだ。ひどい音になってしまった。しかしまたしても、私は内なる夜叉の声、いやシャルマンジーの声を聞いたのである。「どうでもいいではないか」と。
バールクッチャに帰ると、シャルマンジーがいないことについて、誰も私に尋ねなかった。私が自分から話すまで尋ねまいという敬虔さからのことであったと思う。それでシャルマンジーの最期について、私は母と導師を除いては語らなかった。
私は特に変わることなく仕事に励んだ。皇帝はパルティアと和睦し、鷲の軍旗と捕囚たちはローマに戻った。ローマの人々は戦争ではなく平和を選んだ皇帝を称賛していると聞いた。ネルキュンダやムージリスからエジプトへ行く船、エジプトからムージリスやネルキュンダへ行く船がバールクッチャに多く寄港するようになり、私は以前よりも忙しくなったし、町はかつてない好景気に沸いている。
いやひとつ変わったことがあった。私は妻と導師に頼んで、不淫の誓いを解いてもらった。
妻が娘を生んだとき、やはり後世の人々のために書き記しておくべきだと思った。それで私はこれを書いたのである。
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