第8話 聖仙の祭祀。神聖アウグストゥスの功績
ついにこういうことになってしまった。私はより善いことができたのではないだろうか。こうなった責任のかなりな部分は私にあるのではないか。そもそも私が欲に駆られてパンディア人の船に乗ったことが悪いことだったのではないか。
私が悶々と悩むうちに次の夜になった。シャルマンジーのことはアテナイの人々にすっかり知れ渡っていた。いつもであれば肉と酒を楽しんで大騒ぎするのだと思うが、誰もそうしなかった。町は静まり返っていた。皇帝の使いが来て、西側の大門からゼウスの聖域まで練り歩くと言った。
「あなたはブラフマネスを背負いますか?」
「はい、そうすると思います」
「それではあなたはこれを着てください」
「これはなんですか?」
「牛殺しのときに牛を引く者が着る衣装です」
儀礼の装束であれば、断るわけにもいかない。私は着替えた。足首まである白い亜麻の服で、私は女になったような気がした。
シャルマンジーはよろめいて部屋から出てきた。
「おや、可愛い女の子がおるぞ」
冗談を言っている状況ではない。
「先生、そんな可愛いものじゃありません。これは犠牲を運ぶ人の装束なんですよ」
「そうであったか。しかしな君、儂は確かにアグニの炉まで君に運ばれるかもしれないが、それは君が儂に命じたことではない。儂をバールクッチャからここまで運んだのは君ではない。儂は儂に命じてここまで来たし、儂は儂に命じてアグニの炉へ入るのだ。わかるね」
私はまたも号泣するほかなかったのである。
シャルマンジーを背負って大門へ行くと、皇帝がいたし、ニコラウス卿がいたし、ボエトゥス博士と弟子たちもいた。アテナイの市民がたくさん集まっていたが、誰もが押し黙っていた。3人の着飾った少女たちがいた。ゼウス祭りでは処女たちが犠牲の牛を先導する習いなのは知っていた。
「では、参りましょう」
皇帝が言って、少女たちに合図した。少女たちが歩き出し、私はシャルマンジーを背負って少女たちについていった。
沿道の人々が敬虔な目で私たちを見送った。誰も何も言わず、かがり火が燃えるパチパチという音だけが辺りに響いていた。
ゼウスの聖域につくと、石の祭壇、すなわち炉がこしらえられ、薪が並べられていた。アテナイの人々は聖域に押し合いへし合い並んでいたが、祭祀を静かに見守っていた。
「もう歩ける」
シャルマンジーは私の背から降りると、祭壇の上に座り蓮華座を組んだ。私はシャルマンジーの体にギーを塗った。
「これはバールクッチャの牛のギーです」
「これは嬉しいな」
シャルマンジーはいつも通り私に笑いかけてくれたのである。
「ナラや」
シャルマンジーは私の名を呼んだ。
「はい」
「ナラ、儂の息子よ。君のおかげで楽しい旅であった。ありがとう」
私はこらえていたのだが、もう駄目であった。心の堰を解き放って思い切り泣いたのである。
「さあ、危ないからもう離れなさい」
私は後ずさった。3人の少女が松明を持って祭壇に近づき、大地に松明を立て、手を離した。そう、少女たちは火をつけたのではない。松明は、自然に倒れたのである。
火はただちにシャルマンジーを包んだ。その瞬間、少女たちと市民たちが絶叫した。嘆き、むせび、合掌してシャルマンジーを拝した。皇帝も、ニコラウス卿も、ボエトゥス博士たちも同様であった。私はもう泣いていなかった。私は見た。シャルマンジーの火が風を焼き、煙が宇宙に飛んでいくのを。それで私は思ったのである。シャルマンジーは虚空に生まれた(*)のだと。
*虚空に生まれた 「美しい女神よ、虚空に生まれ(kheja)、人間の子宮から生まれた彼は、空の旅人の主となるでしょう」(Kularatnoddyota.9,44)
「存在する全てのものは虚空から生ずる。また死ぬときには虚空のうちに帰っていくのである」(Chãndogya-Upanishad.Ⅰ.9,1)
火が消えたとき、皇帝は進み出て、祭壇を背にして号泣しながら、次のように獅子吼した。
「皆さん、そして神々よ。私が死んだのち、私の墓を調べその表側をあらためよ。そこに私が破壊よりも保存を望んだと記されていないかを。私の墓の裏側をあらためよ。そこに慈悲、正義、敬虔という文字が記されていないかを。あなた方の十代先の子孫たちは確かめるがいい、私とそののちの世が、ローマの平和と称えられていないかを」
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