第2話 偶然の再会

「え、マジでこんなにもらってっていいんすか!?」


 大きな声が、スーパーの裏手にある関係者出入口まで聞こえてきて、タイムカードを押そうとしたわたしの手がビクッと止まる。


「若いんだから、遠慮はいらないよ。もっと好きなだけ持ってきな」

「あざーっす」


 あれはきっと、さっき見かけた大量の売れ残りのフライドチキンの押し付け合いに違いない。

 夕方に降り出した雪の影響で、思ったよりも売り上げが伸びなかったみたい。


 ホワイトクリスマスだといって喜ぶのは、純粋な子どもたちと、ラブラブなカップルくらい。

 クリスマスイブの売り上げを多めに見込んでいたうちみたいなスーパーにとっては、大打撃でしかないだろう。


 かくいうわたしも、売れ残りのホールのクリスマスケーキを押し付けられた。

 少し小ぶりな直径15センチくらいのケーキだけど、一人暮らしのわたしには十分すぎる大きさだ。



「しまったなぁ」

 予想以上の大雪に、出入口で立ち尽くす。


『今年は、ホワイトクリスマスが期待できるでしょう』って前々から天気予報で散々言っていたのに。結局傘を持ってくるの、忘れちゃった。


 わたしの横を、いつもより笑顔のパートさんたちが、どんどん通りすぎていく。

 きっと家に帰ったら、家族そろってクリスマスパーティーをするんだろうな。

 笑顔溢れる食卓を想像して、小さなため息が漏れる。


 そんなわたしは、クリぼっち。

 今までは一緒に過ごす家族がいたけれど、上京して初めて迎えた一人ぼっちのクリスマスイブ。

 駆け込みでカップルが増えるという謎現象も、今ならうなずける。


「うわっ。なんだ、これ」

 さっきフライドチキンの山の方から聞こえてきた歓喜の声と同じ声が、すぐ横でする。

 チラッと隣を見ると、わたしの目線の高さに肩が見え、そっと見上げると、わたしと同じくらいの歳の男子が——。


「……って、ひょっとして、そう!?」

 わたしの声に、隣に立った男子が反射的にわたしを見下ろした。

「え、マジでしおり!? は? ここで働いてたの? っていうか、いつから東京にいたんだよ。だっておまえ、地元の大学に受かったって言ってたよな?」


 ……なんて言おう。

 正直、気まずさしかない。

 あれだけ「東京なんか行かない」って散々言っておきながら、結局こんなところでこんな形で再会してしまうなんて。


「あー……うん。あっちは一年でやめて、東京の大学受け直したの」

「マジかー。……そっか、そっか」

 噛みしめるように、奏が何度もうなずいた。


 奏は昔から優しいから。

 直球は投げられないよね?

『やっぱり歌手の夢、諦めてなかったんだな』なんて。

 わたしが一番触れてほしくないところだって、奏が多分一番知っているから。


 奏は、高校卒業と同時にギター一本背負って東京へ出た。

 もちろん、なんのツテもコネもないままに。


 その後、どこかのインディーズバンドのギタリストとして活動してるっていうウワサくらいは耳にしていたけど、それ以上のことはなにも知らなかった。

 夏休みも、年末年始も、一度も家に帰ってこないって、奏のお母さんがしょっちゅうわたしの母にぼやいていたくらいだ。


 雨宿りならぬ雪宿りをしながらする、奏との一年半ぶりの会話。

 もっとぎこちない感じになるかと思ったけど、当時にタイムスリップしたみたいに、あの頃と全然変わらない。


「残り物の総菜がもらえるの目当てでここで働くようになって、もうすぐ一年ってとこかな」


 総菜コーナーで働く奏と、レジ係のわたし。

 半年以上同じお店で働いていて、今日まで会わなかったなんて、逆に奇跡なんじゃないかって思う。

 まあ、奏は日中、わたしは大学の講義が終わった夕方から閉店まで。シフトがあまりかぶっていなかったせいもあるんだろうけど。

 家族との時間を優先したいっていうパートさんと、今日限定で奏がシフトを替わってあげたらしい。


「そうなんだ。じゃあ、わたしの先輩だね」

「そうだぞ。先輩には敬いの心を持って接することが大事なんだからな」

 胸の前で腕を組んで、エラそうに奏が言う。

「なに言ってるの。所詮奏じゃん!」

「所詮て。おまえなあ」

 ケラケラ笑うわたしの声と、苦笑いする奏の声が混ざり合う。


 ああ、懐かしい。そうそう、この感じ。

 新しい大学に入学して、半年ちょっと。

 まだここまで気を許せる友だちはいない。

 だから本当に久しぶり、この感じ。


「あ、やっとわかった! あの『陽気なサンタ』って、奏のことでしょ」

「は? 『陽気なサンタ』?」

「そうそう。結構レジの方で話題になってたんだよ。今年の総菜コーナーのサンタが超ノリノリだって」

「あー、そうそう。たしかにそれ、俺だわ。ちょっとは売り上げに貢献できたと思うんだけど?」

「うん、バッチリだよ」

 夕方に雪が降りはじめるまでは、たしかに売り上げは好調だったはず。


「客がたくさんいる間はよかったんだけどさ。一人でポツンと突っ立ってるサンタ、きっついぞー」

「あははっ、たしかに!」


「——あのさあ、君たち。そろそろここ、閉めたいんだけど」


 二人の笑い声が再び重なったとき、うしろから遠慮がちな声がした。


「ご、ごめんなさい!」

「すんません。お疲れさまでした!」


 二人して大粒の雪の降る中に飛び出すと、顔を見合わせてまた大笑い。


「なあ、どっかで二人でクリパしようぜ。栞の持ってるそれ、ケーキだよな? ……あー、ごめん。誰かと食べる予定なら全然いいんだけど」

 気まずげに奏がわたしの方をチラッと見る。

「いないよ、そんな人。大学で、なかなか友だちもできなくて。結構困ってたんだよね、こんな大きなケーキもらっちゃって」

「そっか」

 奏の声に、安堵の色が浮かぶ。


「じゃあ、いい場所知ってるからさ。ちょっと寒いかもだけど、そこ行かね? あ、俺んちじゃねえから、心配すんなよな。さすがに、それは……だし」

 奏が口の中でもごもごと言葉を濁す。

「うん。まだこの街のこと、よく知らないし。いい場所知ってるなら、教えて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る