時の檻

ソコニ

第1話 時の檻

プロローグ

山田竜一(45)は、あの日を忘れることができない。10年前、妻と7歳の娘が交通事故で命を落とした日を。


「パパ、今日は遊園地に行けないの?」


出動要請を受けた彼は、娘との約束を破らざるを得なかった。そして、その3時間後、妻と娘を乗せた車は暴走トラックに巻き込まれた。


たった3時間。たった3時間戻れれば—。


その願いは、まさか10年後に皮肉な形で現実となるとは。



第一章:時を刻む足音


2XXX年、柏市。


「被害者の証言は、全て録音させていただきました」


山田は取調室の録音を再生した。そこには、82歳の資産家・吉岡誠一の混乱した声が記録されていた。


「強盗は二人組でした。しかし、それより奇妙なのは...私は確かに襲われ、金庫を開けました。でも次の瞬間、2時間前の風呂上がりの自分に戻っていたんです」


山田は眉をひそめた。この2週間で6件目の類似証言だ。全ての被害者が「時間が逆行した」と主張している。


「課長、被害総額が1億を超えました」

若手刑事の中村が報告する。


「それより、これを見てください」


山田がノートPCの画面を向けると、防犯カメラの映像が映し出された。そこには、まるでビデオを逆再生したかのように、人々が後ろ向きに歩く異様な光景が記録されていた。


しかし、山田の目を釘付けにしたのは、その奥を歩く少女の姿だった。


「...美咲?」


そこにいたのは、10年前に事故で亡くなったはずの、山田の娘によく似た少女だった。



第二章:運命の逆流


捜査は思わぬ展開を見せる。


防犯カメラの映像を分析していた山田は、ある事実に気づく。強盗事件の発生時刻と同じタイミングで、市内の複数箇所で「時間の歪み」が観測されていたのだ。


そして、その歪みの中心にいたのは、いつも同じ少女—。


DNAデータベースとの照合結果を待つ間、山田は古い家族アルバムを開いていた。そこには、7歳で命を落とした娘・美咲の笑顔が収められている。


「課長、DNA分析の結果が」

中村が慌ただしく資料を持ってきた。


「犯行現場に遺留された毛髪のDNAが、山田さんの...」


山田は息を呑んだ。それは間違いなく、美咲のDNAと一致していた。しかし、微妙な違いもある。まるで...


「これは、クローンか何かなんでしょうか?」

中村が不安げに問いかける。


「違う」

山田は静かに答えた。

「彼女は、美咲の『可能性』なんだ。事故で死ななかった場合の、17歳の美咲」



第三章:未来からの影


真相は、さらに衝撃的なものだった。


2XXX+50年の未来。人類は「時間逆行技術」を完成させていた。しかし、その使用は厳しく制限されていた。なぜなら、時間逆行のたびに現実世界にひずみが生じ、それは加速度的に拡大していくからだ。


その技術を持って過去に逃げ込んできたのは、未来の重警備刑務所からの脱獄者たち。そして、彼らの中に一人の少女がいた。


山田美咲、17歳。

別の時間軸で生き残り、刑務所の看守となっていたはずの娘。


彼女の目的は、ただ一つ。

10年前のあの日の、運命を変えること。



第四章:時の檻


柏市全体が、時間のループに呑み込まれつつあった。


街のあちこちで「時間の亀裂」が発生。同じ出来事が無限に繰り返される空間が出現し、その中に閉じ込められた人々は、永遠の「今」を生きることを強いられていた。


「もうやめるんだ、美咲」

山田は、ついに対峙した娘に告げる。


「でも、パパ。あと少しなの。あの日に戻って、ママと私を助ければ...」


「その代償が、この街全体の破滅だとしても?」


美咲は苦しそうに目を伏せた。

「私は...ただ、パパと約束した遊園地に行きたかっただけ」


その時、街全体を揺るがす轟音が響いた。

時空が限界を迎えようとしていた。



終章:約束の場所


山田の前には、二つの選択肢があった。


時間逆行の連鎖を断ち切り、未来からの美咲を止めるのか。

それとも、彼女と共に10年前に戻り、運命を変えるのか。


その答えは、意外なものとなった。


「美咲、遊園地に行こう」


「え...?」


「今からでも、遅くない。この時代の、今の私たちで」


山田は娘に手を差し伸べた。


彼らが選んだのは、過去でも未来でもない、まさに「今」という時間。

それは、新しい時間軸の始まりだった。


柏市の空に、遊園地の観覧車がゆっくりと回り始める。


(了)


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