第5話

「私、そのころちょうどお休みをいただいてたので、あまり噂を知らなくて」


 レーナは料理人が用意したパンとスープ、チキンの乗ったトレイをクリフの元へ届け、グラスに水を注いだ。

 相当空腹だったのか、勢いよくパンを手に取ったクリフが大きく口を開けてかぶりつく。


「そうだ、事故に遭ってたころだよ。その後大丈夫なのか?」

「はい。もうすっかり平気です」


 実は二ヶ月前、レーナは使いで宮殿の外に出る機会があった。

 その帰り道、とある公爵家の馬車と衝突してしまったのだ。

 地面に頭を打ち付け、身体のあちこちに打ち身と傷ができたレーナは長期の休暇を願い出て、ひと月ほど実家で静養していた。

 そのあとからだ。――――変な夢を見るようになったのは。


「ところで、フィンブル宮殿は綺麗な花が咲いているらしいですね」

「王太子様が中庭に植えさせたんだそうだ。どこか東方の国で種を手に入れたとかで。珍しい紫色のアスターだってさ」


 さぞ綺麗なのだろうなと、レーナは思わず目を輝かせた。

 いつか娶るであろう妃をよろこばせたくて花の種を持ち帰ったのだとしたら、王太子はやさしい人なのだろうとレーナの中で想像が膨らんでいく。


「私も見てみたいです」

「それは無理だな。フィンブル宮殿には決まった人間しか入れないし、花とはいえ王太子様が育てているものを摘んで持ってきたりしたら俺が王宮から追い出される」


 クリスが肩をすくめておどけるのがおかしくて、レーナは声を殺しながらクスクスと笑った。

 のんびり話してはいられないと気づいたのか、クリスは急にあわてて皿に盛られた料理を頬張り、片手で合図を送りながら去っていった。


 レーナは使用済みの皿を片付けたあと、調理場の外にある食料庫へ赴いた。

 在庫を確認して出てくると、見かけない若い男性がポツンと立っていて、互いに存在に気づいたふたりは自然と視線が交錯する。


 男性がブレストプレイトと呼ばれる胴当てを付けていたので、レーナはすぐさま騎士団のひとりだろうと思った。

 しかしよく見ると、騎士たちがいつも身に付けている服とはデザインが違う。

 騎士団はいくつか連隊があるため、自分の知らない隊の制服なのかもしれないとレーナは頭を切り替えた。

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