第4話

「遅くに来てすまない。俺の飯、ある?」


 衛兵や騎士のほとんどが食事を済ませたころ、遅れてひとりの若い男がやってきた。宮殿の護衛を務めているクリフだ。

 テーブルを拭いていたレーナはあわてて調理場の料理人に声をかけ、戻ってきて「大丈夫です」と笑顔で返事をした。


「今日は洗濯じゃなくてこっちの手伝い?」


 丸いスツールに腰をかけたクリフが、テーブルに頬杖をつきながら拭き掃除をするレーナに話しかけた。

 鍛錬場のそばに洗濯場が設けられているので、ふたりは互いに顔を見知っている。


「体調不良で休んでいる子がいるので」

「そうか。大変だな」

「いえ。クリフ様こそ大変そうですね」


 昼食が遅くなった理由は仕事が立て込んだからだと、頭のいいレーナは勘が働いた。

 王宮内に不審な侵入者を許すことなどあってはならないため、綿密な会議がたびたびおこなわれているらしいと聞いている。


「フィンブル宮殿の警備が手薄なんじゃないかって意見が出ててさ……」


 王宮内には宮殿がふたつあり、シルヴァリオン宮殿ともうひとつがフィンブル宮殿だ。

 フィンブル宮殿のほうが小さく、王太子が結婚したあと妃と住むために用意された場所である。

 この国の王太子は、現在の国王と亡くなった王妃とのあいだに生まれた第一王子のオスカー・バルヴィア。

 男性とは思えないほど美しい顔をしていて聡明だと言われているが、レーナは姿を目にしたことがない。

 

「フィンブル宮殿はまだ誰も住まわれていませんよね?」

「ああ。王太子様の縁談が決まりかけてたのに白紙になったし」


 誰かに聞かれたら困ると思ったのか、クリフは右手で口元を隠しながら声をひそめてそう言った。

 二ヶ月前、国境の西側に位置するスワスティカ王国の第二王女であるシモンヌとオスカーの縁談話が持ち上がった。

 王族のほとんどは政略結婚で相手が決まるため、シモンヌがこの国の王太子妃として迎え入れられる運びになっていた。

 しかし、シモンヌの病気を理由に、スワスティカ王国が結婚の白紙を申し入れてきたのだ。

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