幕間 リンファの日記
3月10日
今日でようやく就職先が決まった。
緊張しいのせいで面接の時に辿々しくなってしまうことが災いして良い就職先が見つからなかったこの二年間、ようやく報われる時が来たのだ。
仕官先はなんとあのパスカル領本邸、これで一気にエリート街道を突き進んだ私。これからどうなっちゃうんでしょう?
4月10日
故郷に帰りたい。
今日はパスカル領本邸で初めてのお仕事、まずパスカル家の息子さんの魔力測定を行なって、それから私の得意な〈
それなのに、機材は足りないわ、私の右腕は見て覚えられるわで散々。私、魔法使い向いてないのかな?
それにパスカル家の息子さん、イエメールくんに言われた言葉の数々。伯爵家のドラ息子の名前はよく聞いてたけど、まさかここまで酷いとは思わなかった。
よくよく考えたら、あんな才能を持ってたらそりゃあ増長するよね。迂闊だった……それなのにイエメールくんは〈氷槍〉だけじゃ物足りないって言う。
〈氷槍〉だけじゃ駄目なの? 発動条件がどうだとか言われてもよく分かんないよ。お願いだから、私の分かる言葉で喋って!
今日、執事さんに辞表を提出した。止めよう。私、この仕事向いてない。
4月11日
……執事さんに引き留められてしまった。
何でもこの家に仕官したいという人間が極端に少ないらしい。理由は当然、イエメールくん。何でもセクハラ・パワハラなんでもござれの魔王様なのだとか。
私も執事さんに気をつけろと言われたが、私にも毒牙がかかってしまうのだろうか。
イエメールくんのいやらしい手が私のスカートの方に伸びてきて、尻を触ったり、さらにその下の布地に手を当ててきて……
いかん。これ以上はベットの上でしよう。
とにかくだ、今日のイエメールくんも何かと凄かった。
発動位置で魔法の種類が変わるとかで、自分の体表面・自分と離れた場所・自分が触れた場所の三種類に分けて魔法に名付けをしていた。
もしかしなくても、それ〈
そして、当然の如く無詠唱で発動……ああああああ、私の六年間は一体なんだったんだ! 無詠唱なんて、魔術師が30人いて1人いたら良い方だぞ。それをそうも易々とぉぉぉぉぉぉ!
だんだん腹が立ってきた。明日抗議してやる。何を抗議するのか自分でも漠然としてるけど、とにかく抗議だ抗議!
4月12日
庭に氷の山ができていた。逆らうのは止めよう。
4月13日
魔法、怖い。私、退職する。
今日は魔力の流し方で与える結晶の成長スピードについてとかやっていた。普通それって魔術師の学者さんがやることじゃないのかな?
まだ生徒の君がやるものじゃないと思うんだけど。
その過程で出来た〈
集合体恐怖症の人なら卒倒してしまうような、例えるならそう、氷のウニの海みたいな感じで、極低温まで冷やされた氷の棘が無数に外に伸びているのだ。
鶏肉を実験台にして試しに放っていたが、鶏肉はズタボロ。細胞という細胞を串刺しにされて、受けたら再生が不可能なんじゃないかと思えるほどだった。
あんなの受けたらたまったもんじゃない。でも、イエメールくんは本当に楽しそう。あれ、私って要らないんじゃないかな。
4月14日
もう氷の魔法はいいんじゃないと言っているのに聞いてくれない。
日に日に出力は上がっていってるし、発動速度も尋常じゃないことになっている。一番重要なのが、氷があまりに硬く冷たく冷やされすぎたせいで紫に呈色していることだ。
あれは魔力過剰という俗にいう〈
あれに触れたが最後、氷に覆われるだけでなく自分までもが凍ってしまうだろう。恐ろしい。なのに、一向にイエメールくんは納得しない。
分かったから、貴方が天才なのはもう十分に分かったから! なのに、氷の強度が〜とか、展開速度が気に入らない〜とか言ってる。
お姉さんもう疲れちゃった。自分が学生時代の時にそんなこと気にしたことなかったよ。
それで、私に質問しにくるのだ。やめてほしい。貴方にはもう教えることなんてありません。
でも、そう言うとイエメールくんはひどく怒るのだ。このお荷物が、とか、穀潰しが、とか。私が役に立ってないことがバレてしまったらしい。
おかげでハンカチがもうびしょびしょ。大人なのに子供に泣かされてしまった。
ああ、もう故郷に帰りたい。でも辞められない。助けて、お母さん。
4月15日
ようやく他の魔法にも興味を持ってくれた。お姉さん嬉しい。
風魔法や火魔法、土魔法は私の管轄外だけど、それなりには使えるはず。
これでようやく先生としての威厳が取り戻せるかな。
4月16日
全部覚えられた。
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