第2話 魔法

「こちらが魔力測定装置、通称魔昌石と呼ばれるものです」


 ある日の朝、僕は中庭に呼び出されて行ってみるとそこには20代ほどの女性がぽつんと立っていた。


 あの後、執事に魔法の勉強がしたいというと二つ返事でOKが返ってきた。どうやらようやくその準備が整ったようである。


 何故魔術の先生を雇ったのか。それはやっぱり独学じゃよくないと思ったからである。


 スポーツでよくある話だが、間違った練習方法を続けた結果、矯正不可能な領域まで足を踏み込んでしまうことはよくあるらしい。


 だからこそ、導いてくれる存在は重要だ。というわけで、執事さんに頼んで雇ってもらったのである。


 この人が魔術の先生か。空色の髪に、目元に泣き袋があって可愛らしい。選考基準に容姿とかもあるのかな?


「これからパスカル様にはここに手をかざしていただいて、ぎゅっと魔昌石の中心に力を込める要領で魔力を注いでいただきますと、その色で判別が可能となっています」

「こうか?」

「はい、そんな感じで……」


 僕は目の前の台に置かれた水晶を見ると徐に手を翳した。そして、魔術教師の言うとおりにすると、次第に水晶の色が変わっていき、同時に体から何やら力が抜けていく感覚に陥る。


「……これ以上色が変わらないんだが」

「どれどれ……あ、黒ですね。なので、もう1段階上の魔昌石を使いましょう」

「分かった」


 水晶を変えてもう一度同じことをやる。


「……黒だ」

「あれ……凄いですね、流石はパスカル家のご嫡男。乾杯です」

「いいから次を寄越せ。黒だと測定不能なんだろう?」

「は、はい! 次を用意します!」


 今度はバランスボールぐらいの水晶をよこっらしょと持ってきた先生が、台の上に慎重に置く。


「ふぅ……これで大丈夫ですね」

「……黒くなったぞ」

「あいえぇ!? なんでえ!?」


 すぐに真っ黒になった魔昌石に、先生は素っ頓狂な顔をして眺めていた。


 事実を否定したいところだろうが、この目の前にある黒い球体がありありと測定不能であることを示していた。


 とても信じられないのだろう先生は僕と水晶を交互に見やった。


 次は一軒家ぐらいの魔昌石を用意するのかな?


「次は……」

「……ありません。もう、次はありません」

「ふん、無能め」」


 先生は涙目になってこちらを見つめる。


 ごめんなさい、「そうですか」と言おうとしただけなんです。


「それで、結局私の魔力はどうなのだ」

「……現状SS+としか言いようがありません。一番最上級の測定機器で測れなかったものですから、パスカル様の魔力を測るには専門の大学に行くしか」

(そうなんですね)

「ふん、使えんやつめ」

「はわっ!」


 あ、心が痛い。イエメールくん、僕心が痛いよ。もうちょっと手心を加えてほしいな。


 僕は自分の言動が制御できない。多分、僕の人格がイエメールくんの体に憑依してしまったから、その影響で元のイエメールくんの人格が残っているんだと思う。


 そのせいで言いたいことと真逆の返答が出力されてしまう。多分これがイエメールくんの本性なんだろう。なんて酷いやつなんだ。

 

「すっ、改めまして、パスカル様の魔術教育を担当させていただきますリンファです。どうかよろしくお願いします」

(リンファさんですか、いい名前ですね)

「リンファか、貧乏くさい名前だ」


 あああああああ、だからもうううううううううう!


「うっ……それでは今日は氷呪文から教えていきたいと思います」

「いいから見せろ」

「……はい」


 若干涙声になりながらリンファさんはこちらに背を向ける。


 杖を構えると何事かを呟いて最後に


「〈氷槍アイシクル・ランス〉!」


 と言った。


 瞬時にリンファさんの隣に氷の槍が出現する。そして、それが高速で射出され、中庭の地面に突き刺さった。


「はん、小ぶりの魔法だな」

「もっ、申し訳ありません。ですが、こちらは護身用に必要なのもまた事実。今日はこちらの魔法を教えて差し上げればなと思い参上いたし──」

「ふん」


 僕が鼻を鳴らすと、瞬時に僕の周囲に〈氷槍アイシクル・ランス〉が出現する。


「なっ」

「見たら覚えるわ、こんな魔法」


 ごめんなさい、「いい魔法ですね」の略です。


 僕が氷の槍を射出させると、〈氷槍アイシクル・ランス〉は瞬時に遠くの庭の地面を蹂躙し、そこに砂埃が舞い立つ。


「む、無詠唱……」

「これでいいのか……?」

「……ぐすっ、あい。完璧でございます」


 本当に申し訳ない。そもそも自分もできるよということを伝えるために〈氷槍アイシクル・ランス〉は一本しか生み出さない予定だったんだ。


 それなのに元人格が勝手に……ああ、これ訓練の過程でも誰かに刺し殺されそうだな。


「どうやら、御坊ちゃまには氷魔法の授業は不要だったようですね。それではこれより火魔法について──」

「は? 何を言っている?」

「え?」


 そうだ。こんなところで終わりなんてもったいない。


「〈氷槍アイシクル・ランス〉は氷魔法の一つに過ぎないんだろう? なら、なぜ他をやらない」

「しかし、魔法とは本来各属性に一つだけでいいもの……その一つを磨くのが魔法使いの宿命で……」

「そんな宿命知ったことか」


 次第に僕の手から氷が溢れて周囲が凍てつく。


 絶対零度かと見紛うほどの強力な冷気を宿したそれは悪魔の呪文〈冷害オルト・ゾラ〉を彷彿とさせるものだった。


 その様子にリンファ先生は驚愕の顔を浮かべる。


「ひっ」

「発動位置も自身から離れた場所からなのか、触れた場所からなのか、特定の体表面からなのかで大きく違いが出る。そして、生み出した氷にどんな力を付与するかでも影響が出る」


 僕が生み出した氷は滝のように僕の体からこぼれ落ち、ウニのように棘が逆立って蠢いていた。


「さあ、先生。教えてもらおうか。氷魔法の真髄を」

「あっあっあっ、ごめんなさい〜!」


 リンファ先生はその場から逃走した。

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