ダンジョンで助けた白銀の美少女とベッドインしたら敵国の巫女だった 〜破滅を逃れるために軍人として出世します〜

どうも勇者です

第1話 憑依

 ある日、あるところにそれはそれは傲慢な貴族様がいました。


 名前はイエメール=ランべルード・パスカル3世、才能はあるのに傲岸不遜で他人を敬わない性格で、そのために周囲の使用人達にも恐れ嫌われていました。


「不味い!」

「ひっ」


 この日も使用人が出した料理が気に入らないとカンカンです。


「こんな料理を僕に食わせるとは何事か!?」


 彼はスープをひっくり返しました。目の前にいたメイドさんはそれはもう失禁直前、腰をワナワナと震えさせて恐縮しています。


「申し訳ありません! すぐに代えの料理を……」

「要らん! 僕に泥水を啜れというのか!」

「ひっ」


 ですが、彼の所業を神様は見ていました。


 いつもは怒鳴りつけるくせに夜な夜なメイドの部屋に忍び込んでは下着にイタズラをしようとする彼のことを。


 自分の気に入らない料理を捨てて、飢えた使用人たちの目の前で贅沢なデザートだけを平らげる彼のことを。


 ──その時、彼が取り落としたハンカチが足元にヒラリ。


「なっ」


 それに足を滑らせてずってんころりん、怒号のような音が鳴り響きました。


 がっしゃーん。


 この音に外にいた執事さんもびっくり。


「いかがなされましたか、坊っちゃま」

「あ、あ……執事様!」

「何の騒ぎだ、開けますよ、坊ちゃん!」


 執事さんが中に入ると目にしたのは倒れたイエメールくんの姿でした。


「坊っちゃま!」

「あ、あ……」

「誰か治療師を呼べ! お気を確かに、坊っちゃま!」

「あ、アンリウス……」


 目の前の執事の名を呼んだそれが、彼の最後の言葉でした。


 ◇◆◇◆◇◆◇




 いたたた……教室でバナナの皮に足を取られて転んだけど、めちゃくちゃ痛いな。


 それにしても、ここはどこだろう。見慣れない天井だ。僕は保健室に運ばれたのか?


「あっ、坊っちゃま! 気づかれましたか、今執事を呼んできます」


 ん?

 

 なんだ今の人、メイドさん?

 

 なんでこんなところにメイドさんがいるんだ? 


 僕が運ばれたのはメイドカフェなのか?


「おお、イエメール坊っちゃま! ここがどこかお分かりですか?」

「ここは……」


 しばらくして燕尾服の男性がやってくる。執事?


 急にここはどこかと聞かれても、そんなの僕が聞きたい。


 それなのに、口が勝手に動き出した。


「あ、アルファート王国パスカル領、伯爵家本家……」

「そうでございます。記憶の混濁などはありませんね」

「……」


 今のはなんだ?

 

 僕が喋ったのか?


 いや、そうか。ここはアルファート王国パスカル領、その中心地だ……でも、僕がいた国は日本のはずだぞ? 一体、どうなってるんだ?


「申し訳ありません、坊っちゃま。今日の件の原因となった料理を出しましたコックについては既に解雇処分としてあります」

「え、なんで!?」

「え?」

「いや、それでいいのか……?」


 自分の判断に混乱する。


 絶対におかしいと感じているはずなのに、一方で執事さんの言葉に心のどこかで納得してしまう。この不思議な感覚はなんなんだ。


「どうなさいますか、坊っちゃま。コックを呼び戻しますか?」

「……人手が足りなくなるだろう。しばらくは許そう」

「ぼっちゃまの寛大なお心に感謝致します」


 寛大な心っていうか、僕がすってんころりん転んだだけなのに料理長が解雇されるとか酷すぎるでしょ。


 それでも執事さんは深々と頭を下げた。


 ていうかコック? 給食のおばさんなら分かるけど……いや、そうか.コックか。ウチにいるな、コック。


 あれ、どういうことだ?


「それで坊っちゃま、念の為医者を……」

「いや、いい」

「ですが……」

「いいったらいい!」


 自分の口から出た言葉に思わずびっくりする。


 あり得ないことだが、今の言葉は自分の口から出たものではないようだった。


 まるで口が勝手に喋るみたいな、そんな感覚。


「一人にしろ」

「……畏まりました」


 執事さんとメイドさん達は僕の言葉にぞろぞろと出ていく。


 他の人が部屋からいなくなってから、僕はふーっとベッドに寝転がった。


 さっきの受け答え、間違いなく僕がしていたものだ。


 けど、僕の人格ならあんな受け答えまずもって無理なはず。


 加えて、役者とも思えない周りの人たちに加えて自分の格好、この部屋の室内に内装。それから聞いたこともない国の名前。


 それらを総合的に勘案すると僕は──


「知らない誰かに憑依してる……」


 そう結論づけるしかなかった。


「でもなんでだ……?」

 

 思い出す。そういえば僕は休み時間中教室で遊んでて、それで落ちていたバナナの皮に足を取られて転倒したんだっけ。


 ……死んだ? いやいや、そんなまさか。こうして生きて……


「……お前、誰やねん」


 起き上がって覗いた鏡を見て、そう呟いてしまった。


 中性的な顔立ち、高い鼻に金髪の短髪。青い瞳。


 どこからどうくり抜いても中世ヨーロッパ風イケメンですやん。


 そういえばイエメール坊っちゃまとか呼ばれてたな。僕、イエメール?


「うおおおおおお、僕はこんなイケメンじゃないぃぃぃぃ!」

「どうしましたか坊ちゃま!」


 室内で叫んでいると執事のアンリウスさんに心配して戻ってきてしまった。


 不味い。とにかく、ここは丁重にお帰りいただかねば。


(何でもないです)

「お前の心配することじゃない」

「しかし……」

(できれば一人にしてください!)

「いいから、出て行け!」

「……失礼します」


 バタン。


 ……


 うぎゃあああ、口調も僕と全然違うううううううう!


 話したいことと全く別の言葉が口をついて出てきてしまうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 駄目だ。これはもう認めるしかない。


 僕の中に……僕じゃない僕がいる!


「くそっ、なんでこんなことに……」


 とはいえ、騒いだところでどうにもならないことは事実。ここは一度、この家を散策した方がいいかもしれない。


 ◇◆◇◆◇◆◇




「申し訳ございません!」

「……」


 僕は今、メイドさんの一人に必死に謝られている。


 それは5分ほど前、脳内を整理するために建物の中を散策していたところ、掃除しているメイドさんの横を通った時に汚れを見つけたのだ。


 それで「ここも汚れてますよ(意訳)」と伝えたところ、血相を変えて謝罪タイムが始まってしまったわけなのである。


(そんなに謝んないでください)

「ふん、メイドごときが謝ればいいなどと思うなよ」

「申し訳ございません、どうか、どうか!」


 ああああああああああ、フォローしようとしただけなのに! どうしてこの口はこんなセリフしか出て来ないんだ!


(すいません、僕はもう行きますね)

「ふん、興が削がれた。私はもう行く」

「申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 後ろからめちゃくちゃ謝られている。僕(イエメールくん)はこれまでもあんなふうに使用人達を泣かせてきたんだろうか。


 どうもそこらへんの記憶が曖昧だ。頑張って記憶を掘り起こしても肝心なことはあまり覚えていない。ここが何処かは思い出せるんだが……それも何だか辺な気分だ。

 

 何せ、自分と違う記憶があって、でもそれは自分で……あ、考えたらややこしくなってきた。やめよ。


「というか、ヤバくね」


 思い返してみるとここはなんちゃって中世みたいな世界観の場所だ。処刑とか騎士とか兵隊とか平気でいるし、貴族が断罪されるなんて話も聞いたことがある気がする。


 そんな世界で、いくら位の高い貴族だからってこんな性格のクソガキが生き残っていけるのだろうか。


 否、圧倒的否だ。


 いつかこの口が災いして暗殺でもされるんじゃなかろうか。というか、あのメイドさん達の態度から察するに、逆上して料理に毒を仕込む人が出てきてもおかしくない気がする。


 これは早急の改善が求められる。けれど、この性格をどうやって治せばいいか見当もつかない。


 このままだと果ては使用人に毒殺されて……どうしよう。僕が学校で頭を打った時に一度死んだかどうかは分からないが、この姿になってじゃあ死んでもいいやなんて気楽に生きれるほど僕は図太くなんかないぞ。


 とりあえず毒殺を防がなきゃいけない。それにはどうすれば……


 ……そうだ。力だ。力があれば全て解決する。パワーこそ正義だ。


 ぱわー。


 あ、でもダメだ。体を鍛えたところでいくらでも毒で死ねてしまう。この世界でも強力な天然毒は見つかっていたはずだ。八方塞がり。


 ……いや、待てよ。そういえばこの世界には魔法がある。魔力もあって、特に僕は魔法の天才だったはずだ。それなら体を毒に強くすることも容易なんではなかろうか。


「ここが中庭か」


 というわけで、魔法の練習をしに屋敷の中庭に来た。


 何ができるか分からないが、なんとなくここに来た方がいいと感じたのである。


「アイシー、アイシクル、〈氷槍アイシクル・ランス〉?」


 とりあえず技名を叫んで手をかざしてみた。ひとまずは氷の槍を生み出すイメージで、次はそれを射出する感覚で。


 ……なんて、都合よく上手くいけばいいよね。現実はそう上手くいかな──


「へ?」

 

 前を見ると、みるみるうちに氷の槍が形成されていく。同時に、自分の体の中から何かが抜けていく感覚があって、次の瞬間に轟音のような速度で氷の槍が射出された。


「うわっ!」


 氷の槍は土煙をあげて庭に突き刺さり、冷風が凄まじい勢いでこっちに吹いてきた。


「嘘……」


 僕は荒地になった中庭を見てそう呟く。


 見たこともない魔法を使えてしまった。思わず自分の手を見つめる。


 あれ、僕最強すぎ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る