③ 顔への応援コメント
日常のごく普通のことを丁寧に描写する作品は、とても好きです。冬の夜だからかもしれませんが、しんとした静謐な空気がただよってきました。じいちゃんは、私の父親くらいの年齢だと思いますが、うちの父もあまりしゃべらない人でした。世代でしょうか。まだ始まったばかりの連載ですが、ここまで読ませていただいて、この感じだと大長編になりそうな予感がします(笑)。続きも読ませていただきます。
作者からの返信
新年早々、合っているのは季節感くらいの話にお付き合い頂き、ありがとうございます。期日までに間に合うかかなり綱渡りなのですが(一応カクヨムコン長編で出してます)、そうでもしないといつまで経っても書きかけが溜まる一方なので、自分を追い込む戦法に切り替えました。およそカクヨム向けとは言い難いと自覚しているので、@sakamonoさんに続きを読んで頂けることはとても心強いです。途中、更新が途切れるかもしれませんが、頑張りますのでお付き合い頂けたら嬉しいです。
① 電話への応援コメント
他の誰かが死ぬのは日常的だけれど親族の死は非日常で非現実的。
若いときは死ぬなんて自分の身に起こるとは微塵も思わなかったのに齢を重ねるうちに考えちゃいますよね。
作者からの返信
こんなに世の中が便利になっても、いまだに世界中で紛争だなんだと『死』の話が溢れていて、リアルな映像が途切れなく流れてきますが、何となく流せているのはそれが日常になってしまってるからなんでしょう。
本当に年を取ると色々なことを思ってしまいます。
大晦日から新年にかけて、全くもってめでたくもない話をスタートさせてしまいました。にも関わらず、すぐにお読み頂いただけでなく、♡コメントにお☆さままで……。
感謝の言葉もありません。
ここからで恐縮ですが、本年もよろしくお願いいたします。
① 電話への応援コメント
愛宕のじいちゃんが亡くなった時は中学生の頃。同じく非現実的というか、ピンときてなかったなぁと思い返しております。約30年後にばあちゃんが亡くなった時に、改めてじいちゃんのことも思い出していたかなぁ。
少しだけ悪い人だと感じていた部分が気になります☆
作者からの返信
子供の「少しだけ」は本当に少しだけです。ただ、子供なので、正義感が強い、と言っていいのかな、気持ちが真っ直ぐなのでしょう。
(Mr.があちらを紹介して下さらなければこのお話は生まれていません。あちらで書いたものを評価頂き、それが元になって長編にまで。改めて今までのご縁に感謝しています。いつも本当にありがとう✨! ということで、ほら、Mr.も早く早く🖊!)