第3話 変化
ある日、帰宅した男の家に一通の便りが届いた。
その差出人を見て、恒常的な帰宅ルーティーンに加えて歯磨きをも済ませてから、届いた便りを開封する。どうしても落ち着いた状態で手紙を読みたかった。
差出人は遠くに住む男の配偶者からだった。子供が小学生になった事を機に、転勤の多い職場に在籍する男にとって単身赴任を選んだのは、子供を第一に考えての事だった。
子供はこれから大きくなっていく。その中で得る友達と幾度となく離れる事を選ばせるのは親のエゴであると配偶者と話し合った末に出した結論だった。そこに一抹の寂寞さは勿論感じたが、これから育つ子供に健全な育成環境を整えるのも親の責務だろう。男は信念を持って寂寞さを飲み込む事を決めた。
便りの中には母子が仲睦まじい姿を見せる写真であったり、子供のひょうきんな表情、それから友達と楽しそうに遊ぶ姿が見て取れた。デジタルで直接送ってくれるのも良いが、写真の裏には日付と、一言のメモが添えられているのが配偶者からの男に向けた気持ちを感じるのであった。
特筆すべきは、子供の肉筆で書かれた絵と手紙である。
『おとうさんへ。げんきですか?ぼくはげんきです。こんどおかあさんが「おとうさんのところにいきたいね」といいました。まっててね!だいすき!』
折り畳まれた味のある絵には男の子を中心にして、左端に男、右端に女が並んで立っている。それを見て男の目尻は優しく垂れ下がり、自然と口角が吊り上がっていった。凝り固まっていた何かが、じんわりと解れていくのを感じる。
子供の成長を日常的に見れない分、成長の早さを実感して涙腺に熱い涙が込み上げてくるのを我慢出来ない。音を立てて鳴る鼻は、少しの塩気を含んでいた。
配偶者からの手紙には、来年の五月の大型連休を利用して男の元へ行く内容と、身体を気遣う内容が
“明日になったら仕事の帰りに雑貨屋に寄って、この絵と手紙を飾る額縁を買おう”
明日は、いつもと違う一日になる事を確信したまま、男は届いた絵を開いたまま枕元に丁寧に置く。リモコンで部屋の電気を消灯した後、とても穏やかな声が部屋に響いた。
「おやすみなさい」
空には男を見守る三日月が、優しく微笑んでいた。
お仕舞い。
この人生に彩を 水底から斯く語りき @minasoko_774
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます