第5話 何でも屋(2)

 「食事や睡眠はどこで?」


 「助けた人のお家で、一緒にご飯を食べたり、映画を見たり、色々しましたよ!」


 彼の体験談があまりにも面白くて、一つ質問を投げかけるたびに、すぐに新しい疑問が湧いてきてしまう。


 俺は、気になる異性に話しかけるように、夢中で彼に質問していた。


 「え、じゃあさ、何でも屋をしていて、一番大変だった依頼とかある?」


 「ダントツで、一つ、ありますよ」


 彼の声のボリュームが少し上がると、僕の胸は期待で高鳴った。


 彼は、苦笑いを浮かべながら答えてくれた。


 「動物の保護のお手伝いをした時に、密猟者と鉢合わせた時っすね!」


 「え、どういうこと?」


 予想外の回答に戸惑い、思わず少し笑ってしまった。

 悠介くんは身振り手振りを交えて説明を始めた。


 「いつものように、こうやって段ボールを掲げてお仕事を探していたんすよ」


 悠介くんは段ボールを大きく横に振りながら続けた。


 「そしたら、君、動物好き?って声をかけてくれた男性がいたんすよ」


 「当然、僕は『はい!大好きです!』って答えたんすよ。そしたら、なぜか動物保護のお手伝いをすることになって…」


 悠介くんが動物が好きかどうかは知らなかったが、まさかアフリカで動物保護の手伝いを頼まれるとは、予想外の出来事だった。日本の動物保護とはわけが違うからだ。

 アフリカの動物保護は、テレビで見たことがあるけど、かなり危険な仕事だ。動物を保護するだけでも大変だが、そこには密猟者という武装集団も関わってくる。つまり、命に関わる仕事でもある。

 それなのに、その男は地元の人間でもない彼に、よくそんな危険な仕事を頼んだものだ。

 命懸けの仕事を悠介くんが手伝ったなんて…。驚きのあまり、何も言葉が出なかった。


 「確か、そこに三ヶ月くらいいたのかな?」


 思わず「三ヶ月?!」と驚きの声を上げてしまった。さすがに、一日二日の話だと思っていた自分がいたからだ。


 「で、二ヶ月目の時に、日課のパトロールで保護区間を走行していたんすよ。そしたら、リーダーのケビンさんが、近くに密猟者がいるかもしれないって言ってきて、僕に銃を渡して一緒に車を降りたんすよ」


 思わず、「銃?!」と驚きの声でまた、復唱してしまった。日本で暮らしていたら、絶対に触ることのないものだ。

 あまりにも、彼の話が予想を超えていて、信じられない気持ちになるが、彼の目を見ると、どうやら事実のようだ。


 「密猟者が隠れていそうな場所にケビンさんやその部下たちが向かって、僕はケビンさんに、その茂みに隠れて待ってろって言われて、そこで待っていたんすよ。そしたら、突然、銃声が聞こえてきたんすよ。ケビンさんはすでに地元警察に連絡して、僕たちに指示を出してくれていましたけど、あの時は心臓がバクバクして、怖かったすね」


 今、悠介くんは笑顔で話しているけれど、それはまさに恐ろしい体験談だ。もし自分が悠介くんの立場だったら、どうなっていたんだろうと想像してしまう。

 そして、流石に上司のケビンも悠介くんを密猟者の元に向かわせなかったと聞いて、俺はほっと一息ついた。


 「結局どうなったの?」


 「地元警察とケビンさんの保護団体が協力して、密猟者のアジトを突き止めて、密猟者たちは全員逮捕されました!」


 結果を聞いて一安心したが、悠介くんが茂みに隠れていたとき、耳にした銃声がどうしても気になる。

 悠介くんはそのまま話を続けようとしていたので、俺はそのことを聞かずにはいられなかった。


 「え、銃は大丈夫だったの?」


 悠介くんは少し驚いた顔をしていた。反応を見る限り、銃声のことを話すのをうっかり忘れていたのだろう。少し間をおいて、悠介くんは改めて、もう少し詳しく教えてくれた。


 「あの時、密猟者たちはケビンさんたちに見つかって、急いで車に乗って逃げたんすよ。でも、その車に乗り遅れた密猟者がいて、その密猟者が自分を置いていった車に向かって撃ったんすよ。その時の銃声が、僕が聞いた銃声。で、結局、その逃げ遅れた密猟者をケビンさんたちが捕まえて、情報を聞き出して、他の密猟者も全員捕まえたってわけっす」


 仲間を裏切った密猟者が、自分を置いていった仲間に裏切られ、最終的には全員が捕まる。なんとも皮肉な結果だ。あまりにも壮絶な話に、ただただ驚くしかない。

 でも、普通ならこんな危険な経験をしたら、すぐにでも辞めたくなるはずだ。


 「そんな危険な体験をして、どうしてそこで三ヶ月も?」


 「やっぱり、命に関わる危険な仕事だから…給料が良くて…」


 悠介くんの顔に、一瞬、見たことのないいやらしい表情が浮かんだが、それはすぐに消え、穏やかな表情に戻った。そして、真剣な顔で言った。


「あとは、動物が大好きだし、こんな経験は一生できないと思ったからっすね」


 おそらく、これが悠介くんの本心だろう。会話を重ねるうちに、なんとなく彼の人柄がわかってきた。だから、俺は、悠介くんの本心が何となく感じ取れるようになった。

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