雪のドキュメント12時間

星見守灯也

雪のドキュメント12時間

 あれ、静かだなと思った。私が窓の外を見ると、ボサボサとした雪が降りはじめていた。時刻は午後九時過ぎ。これは夜中に積もりそうだ。

 灯油、昨日入れといてよかった。この地域の一軒家には、たいてい外付けの大きな灯油タンクがある。灯油のゲージが減っていると、ローリー車が来て「灯油入れますか?」とくるのである。


 ここは東北の盆地。少なくとも一年のうち四ヶ月、この町は雪に埋もれる。ここは豪雪地帯ではないし、最近は暖冬で雪が降らない年も多い。それでも降るとなれば大人の股までは降る。

 雪が降るか降らないかに関わらず、空はずっと鉛色に覆われている。たまに晴れると反射して酷くまぶしい。


 湯たんぽで温めておいた布団にはいる。エアコンやヒーターではなかなか温まらない。とはいえ雪が積もるとむしろ温かく感じる。特にここらの雪は湿って重たいのでそう思うのかもしれない。雪のあまり降らないところのほうが、乾燥していて風が冷たい。


 深夜、除雪車の通る音を眠りの向こうに聞く。ゴゴゴ……ガリガリガリ……ザザザザザ……。これはだいぶ積もったんだろうなあ。今、家の前だなあ……。


 雪の朝は妙に静かだ。カーテンを開ければ一面真っ白。除雪車によって雪山ができていた。除雪車は車道や大きな歩道はかいてくれるが、左右にかき分けた雪が山を作ってしまう。


 雪国の冬は雪かきから始まる。まず雪をこぎながら、玄関から道路までの道を作る。こういうときそれなりに雪を避けられる庭があると楽だ。屋根から小さな雪崩のように雪が落ちてくるのでその下に入らないように気をつける。雪に埋もれて死ぬ事故が毎年何件かはある。屋根から雪を下ろすのも大変なことだ。ひとりで雪かきはやるべきではない。

 除雪車がつくった雪山を土堀用の剣先スコップで崩していく。最近はアルミやプラスチックのスコップもあるが、あれはサラサラした雪用だ。こうやって凍って固まった雪は重い鉄のスコップに限る。ザクザクと切れ込みを入れていき、一塊にして持ち上げる。そのまま蓋の開いた排水溝に落とした。あまり多くを一度に落とすと詰まってしまう。川が近くにあればいいが。

 雪かきはは人手が勝負だ。すこしずつでもかいていかないと、いずれ家が潰されるか、つららに窓を割られるか。


 ほら、むこうの道路に雪山にハマった車がいて、人々がスコップを手に群がっている。どうせ、さっき吹雪いた時に、前が見えなくなったんだろう。まあ、その前にセンターラインが見えないのだが。あるいは、昨夜は寒かったし、雪の下が凍っていたのかもしれない。それとも除雪車のわだちにタイヤを取られたか。

 つまり、なんにしろ危険だと言うことだ。


「いってくるよー」


 車は何十分も前に雪かきをして温めておく。当然、スタッドレスにはタイヤを変えてある。車道と歩道の間に立つポールや標識を目安にそろそろすすむ。除雪車の作ったわだちにタイヤが浮かないように気をつける。交差点や日陰は凍っていることが多いので特に気をつける。


 駐車場に車を入れ、職場まで歩く。ザクザクに砕けた氷の道のほうが、ツルツルの道より歩きやすい。雪道をあるくのに足を置くところを選んでいたり、腰が入っているのが地元民だろう。観光客らしき人が滑って手をついた。危ない。尻から転んだほうが安全だ。


 雪というのはきれいだ。だいたいの難は覆い隠してくれる。ほら、そこの犬のおしっこ以外は。春になって雪が溶けたらゴミが見える。茶色くなった雪の下からゴミが出てくるのを見て、ああ、春がきたなあと思うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪のドキュメント12時間 星見守灯也 @hoshimi_motoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画