第2話「氷の証言」



中島香織は事件の一週間前から、違和感を覚えていた。


特別展「雪月花」の準備期間中、展示室の温度が不自然に変動していたのだ。最初は機器の故障かと思った。しかし点検では異常なしとの報告。そして、あの来館者の存在が気になり始めた。


グレーのスーツを着た中年の男性。防犯カメラの死角となる位置で、展示品の配置を熱心にスケッチしていた。普通の美術ファンには見えなかった。


「中島さん」

木村刑事の声で、現在に引き戻される。

「申し訳ありません。思い出していたことがあって」


展示室には、まだ溶け切らない白い結晶が残っていた。

「この粉末、見覚えがあります」

「え?」

「三年前の修復作業で使用した特殊な保存剤に似ています。温度変化で結晶化する性質があって…」


中島は資料室に向かった。そこにあるはずの修復記録。しかし、ファイルは何者かによって破られていた。

残されていたのは、一枚のメモ。


『雪は春を待って解ける』


その時、館内放送が鳴り響いた。

「防災システム作動。非常用電源に切り替わります」


真っ暗な展示室に、青白い光が差し込む。

それは、まるで月光に照らされた雪のようだった。


停電から5分後、非常用電源が完全に起動した。しかし、展示室の様子が変わっていた。


床に散らばっていた白い結晶は完全に溶解。その跡には、青く光る文字列が浮かび上がっていた。

「紫外線反応...?」

中島は息を呑んだ。


『名刀は月に還る』


そして、その横には日付が。三年前、「雪月花」が最後に修復された日付だった。


「中島さん、この修復...誰が担当したんですか?」

木村の問いに、中島は震える声で答えた。

「私の...前任者です」

「今はどこに?」

「三年前の事故で...」


中島の言葉は途切れた。その時、警備室から連絡が入る。

「防犯カメラの映像、復旧しました。事件直前の映像で...人影が」


映像に映っていたのは、グレーのスーツの男性だった。

彼の手には見覚えのある資料バッグ。

そして胸には、美術館の元職員証が光っていた。

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