「零度の証明 ―名刀『雪月花』の真実―」
ソコニ
第1話「白い足跡」
「刑事さん!こちらです!」
深夜2時45分。市立美術館の警備員が焦った様子で木村を呼び寄せた。特別展示室の前で足を止めた木村は、思わず息を呑んだ。
床一面に広がる白い粉。まるで雪が舞い降りたかのような光景。その中に、くっきりと残る一組の足跡。そして、粉の上にポタポタと落ちた真っ赤な血の痕。
「防犯システムは?」
「異常なしです。でも…」
警備員は震える指で、ガラスケースを指さした。そこには江戸時代の名刀「雪月花」が展示されているはずだった。今は空っぽのケースだけが、無言で事件を語っていた。
木村は27歳。警視庁に配属されて8ヶ月の新人刑事だ。これまで担当してきた事件は、せいぜい万引きや車上荒らしくらい。こんな大がかりな美術品盗難事件は初めてだった。
「監視カメラの映像は?」
「それが…展示室内のカメラ、全て停止していました。でも不思議なことに、廊下のカメラは正常です」
木村は展示室を見渡した。展示品は全て雪の結晶のような形で配置されている。中央の台座に「雪月花」、その周りを取り囲むように、雪をモチーフにした工芸品や絵画が並んでいた。
この配置に何か意味があるのか。そして、床に散らばった白い粉の正体は?血痕は本物なのか?
「科学捜査班を呼んでください。それと…」
木村は展示品リストに目を通しながら言った。
「学芸員の方にも来ていただきたい」
犯人は単なる泥棒ではない。これほど完璧な計画を立てられるのは、美術館の内部に精通した人物に違いなかった。
1時間後、科学捜査班から最初の報告が入った。
「木村さん、この白い粉、ただの粉ではありません」
「どういうことですか?」
「温度に反応する特殊な化合物です。室温が下がると結晶化し、上がると溶解する」
木村は展示室の温度管理パネルに目を向けた。通常22度に設定されているはずが、なぜか18度まで下がっていた。
「血痕の方はどうです?」
「まだ分析中ですが…どうも本物の血液とは違う成分が…」
その時、学芸員の中島香織が到着した。40代半ばの知的な雰囲気の女性だ。
「大変なことになりましたね」
彼女は展示品の配置を見て、思わず声を上げた。
「あっ!」
「何かわかりましたか?」
「この配置…昨日までと違います。誰かが動かしています」
木村は急いでメモを取り出した。
「詳しく教えてください」
「雪の結晶には、主に六つの基本形があります。展示品は本来、その形に則って配置されていました。でも今は…」
「今は?」
「七芒星を描いています」
その瞬間、館内の温度管理システムが起動音を立てた。室温が急激に上昇し始める。
床に散らばっていた白い粉が、まるで本物の雪のように溶け始めた。
そして、その溶解した跡に、何かが浮かび上がってきた。
まるで氷の下に隠されていた文字のように。
「これは…」
木村は目を凝らした。そこには確かに、メッセージが――。
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