人としてのあなたへ

七月七日(なつきネコ)

ある一つのイエスの解釈より

愛はいつまでも絶えることがない。(コリント人への手紙13:8)


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私は砂の大地を歩く。


ただ、あなたを人として伝えるために……


いつの間にか、人であることをやめさせられ、優しさよりも奇跡に目を向けられている。


気づけば……あなたは「神の子」となってしまった。


そして、多くのあなたが火にくべられていく。


だから、私は異端となる。

あなたの優しさを残すために……


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あなた……イエス・キリストの死より300年たつ。


イエスは罪人として十字架にかけられ昇天したのち、キリスト教は迫害の歴史をたどる。

教徒の活躍により、ローマ世界に広まり国教という強大な権威をにぎった。


しかし、その頃には多くの考えがあふれ、ニカイア公会議から多くの決議を経て、今のカトリックの原型がととのっていく。


今はいつの頃の決議により、一つの考えが異端とされた時代。


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「三位一体……神の子、違う。あなたは人だ」


私は羊皮紙をだき、歩く。

あなたの愛を守るために……


私はあなたを知らない。会ったことのない。

命をかける意味などない。


あなたが起こした奇跡など、大したことはない。


ヤハウェは洪水を起こし、人の世を滅ぼした。


ゼウス神は雷をあやつり、意にそわぬものを焼き殺した。


遠き北の民の神は大斧で世界を巻く大蛇を殺したという。


あなたは水をぶどう酒に変えた……


そんな、あなたが神の子?


悲観するほど小さな奇跡……


「それでも……私はあなたに救われた」


私は妻や子を流行り病で亡くした。最後は私もそばによることも許されずに、最後は火にかけられた……病が広がらないようにと。


それでも、病は広がり多くの人が死んだ。


無駄死にじゃないか、死ぬ意味があったのか!


黒ずんだ指先で、ごめんなさい と口にする妻を、

苦しみから口をパクパクとされる子の姿を思いだす。


そして、私はキリストの話しを聞いた。


病み衰えたもののそばにいてくれたあなた。


皆の汚れとともにいた人。


嘆き悲しみ、恐怖し、十字架にかけられた罪人。


あなたは人を罰する神よりも、人を愛する神を説いた。

私は死んだ家族は優しくそばにいれるか弱い人でいたかった……


起こした奇跡ではなく、あなたの人生に……神性のないあなたが信じ、残したものにこそ価値がある。


せめて、異郷の地でも……彼の姿を留めることができたら……


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「あ、あぁ!」


そんな願いも虚しく、追手が近づいてくる。


砂の大地では目立つ、濃い茶のローブ。

今離れているが、馬に乗るあいつらに捕まるのは間違いない。


廃墟があった。

レンガ干しの簡素なボロ家。扉も窓も開け放たれただけの日差しを遮るだけの廃墟。


中に入り、見つけた……瓶だ。

これしかない、私は福音の書かれた羊皮紙をつめこんだ。


イエスの加護ではなく、ヤハウェ加護が宿るように。


「……祈ります。正しき彼の姿が残らんことを」


ゼウスに妻や子供が助かるように祈った時は叶わなかった。


この願いも叶うことのないものとなるだろう。


それでも、俺はもっとも優しい人、イエスの逸話だけを瓶におさめた。


そして、走る。


廃墟から追手からも遠ざかるように、砂の大地は足を絡めて、息が途切れてもただ、必死に走る。


「おい、止まれ!」


声がかかる。ローマの兵だ。


いける!


廃墟は見えにくい位置にあるこれなら、みつからない。


サンダルで砂をふみつけ、翔ける。


早く、もっと! 遠くに!


そこに私の頬をなにかをかすめた。


「ヒィー!」


砂の大地に突き刺さるピルム(投げ槍)。

恐怖に尻をついてしまう。


ついに、追いつかれた。

ボロの革のマント、鱗鎧をまとうローマ兵だ。


「手元にある書を出せ!」


私の首すじに剣を突きつけられた。

することは一つだ。


「なんの話でしょうか?」


とぼけて、守らなければいけない。

すると…ローマ兵は剣を振り上げた。


言葉すらなく……


振り下ろされた剣はゆっくりと、服が切られて、羊皮紙がこぼれ落ちた。


「それは何だ! 異端の書ではないか!!」


ついに、見つかった!! ここまでか……


「み、見逃してください……この福音だけは見逃してください!!」


懇願しかない。この福音だけは。


ローマ兵が不気味に剣を走らせ、腕が飛ぶ!


「ぐあっ!!」


のたうち回る私をローマ兵は私を見下ろす。

痛い、苦しい、だけど私は体を丸め、福音を抱きとめる。


「この福音だけは……お守りください!」


いくども剣で私をなぶるように傷つけていく。そのたびに私はあえいだ。


かわいた砂の大地に血が染み込まんでいく。


やがて、ローマ兵は剣を起き…私に問うた。


「なぜ、そんな書を守る。神の子を人に貶す書を守る! ただの人を信じることはできる!」


ローマ兵のとまどいが伝わる。

人を超えた者だから、信じることができるのはわかる。理解できる。


だけど、私は否定できる。


「神はわが子を見捨てた……あの人は同じように悩み苦しみ、そばにいた……だから、私は……」


私は口にした。そう、私が信じたイエスの姿。あの神々しい神ではなく、うつむき、黒ずんだ手を握り、死をみとり嘆き悲しみ続けた弱々しきあなたの姿を……


ローマ兵に走ったのは怒りと恐怖。


神の子の復活と奇跡を信じず、ただの人を信じることができる。


そこに剣が私を突き刺した。


命と血がこぼれ落ちていく、私の抱きとめていた福音が染まっていく、ドンドンとあなたの優しさが作り物の奇跡に塗り重ねていく……


私は福音を手放し、手をのばす。


「あなたの……御手にゆだね……」


最後に言いきる前に首が飛ぶ。

血が砂漠を染めていく。


煙がのぼる、私の福音が燃えていく、砂の中に混ざる灰へと変わる。


「……異端が……呪われろ」


生き残ったローマ兵のほうが敗残兵のようだった。

血も意識も福音も消えていく。


ただ、あなたの優しさにゆだねた魂のみが連れ立っていく……


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イヴの日に起きた瞬間に浮かんだ作品を書いてしまいました。


これは意図して、今のキリスト教や関係者を貶めるものではありません。本当に関係者にはごめんなさい!


説明とモチーフを書くことにより、わかりにくさをおぎないたいとおもいます。


キリスト教が迫害の中で、教徒はバラバラで活動し考え方を作り上げていきました。その中にはユダヤ教から発展した者、さらにギリシャ哲学から発展した者もいました。そんな彼らが神学や聖書を個人個人で作っていました。


そんな、バラバラのキリスト教を正統を決める会議として公会議というものが何度も行われ、正統を固めていきました。


今の新約聖書は使徒のマタイ、ルカ、マルコ、ヨハネの、四人の書き残したものやパウロの手紙を主なものとして構築され、今の正統派が決まりました。


大事なのが神と聖霊、イエスの3つが一体とし、現れる三位一体、これはカトリックの根幹の考えの一つです。


説明してても難しくてこんがらがっています。


この話は、その三位一体を否定して、イエスの人間としての部分を大事にした教義があったと仮定してます。


原型としては3つの考え方です。


① 一つは歴史的なイエス。

現在の科学で本当に生きたイエスを復元しようとする考え方です。考古学的な資料や、当時の資料から人間イエスを考えるあり方です。イエスの考えはカトリックと違うかもしれないとか、今の白人的な姿の否定、イエスという人間すらいないという考え方まで存在して、さまざまに議論されてます。


②モナルキア主義

この考えは本当に異端として消えた考え方の一つで、最初はイエスを人として生まれた。そして、いつの頃からか神性を受けとり、キリストになったという考え方。この考えは三位一体と比べてイエスの神性が低く考えられるために異端とされる。

しかし、人が努力と行動の成果でキリストになったと考えると共感でききる考え方です。


③遠藤周作氏のイエス

これが、一番根幹にある考えです。彼の書くイエスは優しさと弱さを持っている人間。奇跡も起こさずに、多くの人から武力によるユダヤの解放を望まれたにもかかわらず、否定し、無力なままに無駄死にしたイエス。しかし、死後、人々の心から消えず永遠に優しく寄り添い続けるイエス像です。


これらは、私の中のイエス・キリスト像でもあります。ただ、自由な、日本だから許される妄想ですね。


ほぼ、私の妄想でくみ上げた話です。異端の中でも初期キリスト教なんて、マニアックだなと呆れてます。


私の浅知恵で作り上げたものですから、間違いやおかしなところだらけですが、ここまで、読んでくださった方には大感謝です!!


本当にありがとうございます〜





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