(ウ) 障がい者として仕事をするということ
【美香】 それでは、ネオさん。今⽇は、精神障がい、特にネオさんの患っておられる「双極性障害」と仕事との関係や、それに伴う問題などについて、お話をうかがわせていただきます。
では、まず初めに、⼀般に、障がい者の⼈たちは、仕事に就く際に、病気のことって、会社側に明かされるのですか?
【音生】 明かす場合と明かさない場合があります。前者を「オープン就労」、後者を「クローズ就労」と呼びます。「オープン就労」に関しては、企業側から⾒れば「障がい者雇⽤」という形態をとることになります。
【美香】 なるほど。ネオさんはこれまでには、どちらの形態で働いてこられたのですか?
【音生】 どちらもありますが、ほとんどは「クローズ就労」です。特に、昔は「障がい者雇⽤」という雇⽤形態が、⼀般的ではありませんでしたので、そもそも「オープン就労」をするという発想⾃体が、頭にはなかったんです。
【美香】 なるほど。でも「クローズ就労」だと、障がい者としての配慮は、何も受けられないのですよね? そんな状態で、働き続けるのは、⼤変だったのではありませんか?
【音生】 そうですねぇ。特に、僕の患っている「双極性障害」の場合には「うつ状態」という厄介(やっかい)なものがありますので、「うつ状態」に陥(おちい)って、仕事を休むことが重なると、クビになってしまうことが多かったのでした。
仕事を休む時には、会社には、風邪で休みます、というぐらいしか⾔えず、それが度重なると、
「⾃⼰管理のできない⼈は要らない」
と⾔われたこともありました。
【美香】 うわぁ。それはなんとももどかしいですね。
【音生】 はい。しかも、仕事中に症状が出ても、なかなか帰らせてくださいとは⾔えませんでしたからねぇ。それで、我慢を重ねますので、かなり無理をして働くことになるわけです。それが積もりに積もると、結果、⼊院も繰り返すことにもなりました。
【美香】 うわぁ。そうしますと、クビになるたび、あるいは⼊院するたびに、転職されていたんですね?
【音生】 そうです。
【美香】 そんな状態を、どのくらい続けておられたんですか?
【音生】 4~5年ですね。その間(あいだ)は、なんとかめげずに頑張っていました。10社以上は転々としたと思います。
でも、その後いつしか、もう働くことはあきらめてしまって、やけになって、遊びほうけるようになったんです。
【美香】 なるほど。それから、どうなりましたか?
【音生】 そうしているうちに、症状が劇的に悪化して、結局、⼊院することになってしまいまして。それが、今のところの最後の⼊院なんですが、この時にいわば「⼈⽣のどん底」に落ちてしまったんです。
この時の話は、また別の機会にお話しできればと思いますが、ともかくそこから僕は、0からの再⽣の道を歩むことになります。
【美香】 なるほど。それで、退院後はどうなりましたか?
【音生】 1年間、病院併設の「デイケアセンター」に通所したのち、ご縁があって「社会福祉法⼈ 五つ星会」というところと出会いましてね。
それで僕は、「五つ星会」の「就労継続⽀援B型事業所」のひとつに、通わせていただくことになったんです。
【美香】 なるほど。ようやく落ち着くべき場所に、落ち着いた、という感じだったんですね?
【音生】 いえ、残念ながら、そうではなかったんです。「B型事業所」は、僕にはあまり合っていなくて、思うようには通えなかったんです。
だから、僕は、「B型事業所」ですら無理なんだと、投げやりになって、⼈⽣に絶望していました。
【美香】 ということは、また⼊院してしまう恐れがあったのですか?
【音生】 いえ。かろうじて救いだったのが、そのころは「仲間に恵まれていた」ということと、「ピア活動に精を出すことができていた」ことなんです。
「B型事業所」には、満⾜に通えていませんでしたが、仲間との交流や「ピア活動」のおかげで、完全には失望してしまわずに済んでいたんです。
【美香】 なるほど。それはよかったですね。
【音生】 はい。で、そんな抜けきらない毎⽇を、6年くらい続けたあるとき、偶然とラッキーが重なって、ある「居酒屋」に、突然、就職することができたんです。
【美香】 ほう。それはまた、急展開ですねぇ。その時はどんなお気持ちだったんですか?
【音生】 そうですねぇ。⾃分の意思とは関係のないところで、あれよこれよという間に、話が進んで就職が決まりましたので、ただ驚きでしたねぇ。
【美香】 なるほど。⻑らく⼀般就労から遠ざかっていたネオさんにとっては、まさに「⻘天の霹靂(へきれき)」だったわけですね。
それで、その居酒屋さんでは、どんな感じだったんですか?
【音生】 ⼤将の好意で、「障がい者雇⽤」で雇っていただいたんですが、様々な配慮をしていただきつつ、ほとんど⼀般の⼈と同じ仕事をさせていただいていました。
また、たびたび「うつ状態」に陥る僕のことも、⼤将はそのまま受け⼊れてくださって、⾃らサポー トに回ってくださることも多かったんです。
その他、目に⾒える配慮、目に⾒えない配慮ともに、⼤将が⾃らいろいろ考えてくださって、僕に実践してくださっていました。
【美香】 なるほど。これまでの「クローズ就労」では味わうことのできない働きやすさで、働くことができていたのですね。
「目に⾒えない配慮」ってどんな配慮だったんですか?
【音生】 例えば、僕に対する、同僚の「苦情や不平不満、攻撃」などを、全て⼤将が引き受けてくださっていて、絶対に僕のところまで届かないようにしてくださっていたんです。
【美香】 なるほど。でも、それだけの配慮があっても、「永久の職場」とはならなかったんですね?
【音生】 そうですね。ある時期から、同僚との関係がうまくいかなくなりまして。⼤将がカバーしきれない部分でのいじめなどがあったんですよ。それで仕⽅なく、居酒屋は後にすることにしました。
【美香】 なるほど。従業員を多く抱えておられたら、どうしても目の⾏き届かないところが出てきますもんね。
それで、ネオさんは、お辞めになった時に、悔いは残りませんでしたか?
【音生】 そうですね。後悔はしていません。⼤将のおかげで、もう⼗分、いい思いはさせていただきましたので。
それに、⼤将のような⼈がいらっしゃれば、⼀般就労においても、僕ら障がい者が、本当に働きやすい環境で働くことは十分可能だ、ということが、よくわかりましたしね。
【美香】 そうなんですね。⼤将さんのおかげで、理想的な「障がい者雇⽤」での就労を、体験なさることができていたのですね。今後も⼤将さんのような⽅が、たくさん出てこられるといいですね! わかりました。
続きまして、居酒屋さんを退職後はどうされたんですか?
【音生】 かなりの苦難の就職活動の末、とある「就労継続⽀援A型事業所」に通うことになります。でも、最初のうちは、なかなかうまくいきませんでしたねぇ。
僕は、居酒屋在籍時代と同様に、「A型事業所」でも、毎⽇充実して働けることを望んでいました。しかし、やはり「福祉事業所」の仕事ですので、普通の仕事に⽐べたら、「充実度」はかなり劣るのですね。サポートは充実しているのですが、「仕事⼀筋」にするには、かなり物⾜りないんです。
【美香】 なるほど。そんな、やりがいを感じられない状態で、仕事を継続するのは⼤変だったでしょう。
【音生】 そうですね。やりがいを感じられないのに伴って、体調も不安定になってきました。事業所は、遅刻・早退・⽋勤を重ねてしまいました。辞めてしまおうかと考えたことも、何度もありました。
それでも、なんとか、普通に通えるように、⼤いにもがくのですが、どうにもなりませんでした。
ですので、ある時点で、こんな⾃分と現実を受け⼊れることにしました。「仕事ありき」の考え⽅をやめることにしたんです。
【美香】 なるほど。
【音生】 はい。仕事は、⽣活に必要な分だけ、稼ぎに⾏く形に変えました。なおかつ、「A型事業所」の規定に引っかからない、ぎりぎりの出勤⽇数で通うことにしたんです。
そのかわり、空いた時間に、「執筆活動」やその他の趣味に、専念することによって、⽣活の充実を図ることにしたんです。
【美香】 なるほど。でも、本当にそれで満⾜しておられましたか?
【音生】 100%満⾜と⾔ったら嘘になりますね。でも、その⽣活も、悪くないなと思うようになりましたね。
逆に、その⽣活をしていなければ、達成できていなかったこともあります。例えば、僕が、これまでに執筆してきた作品たちは、全く⽣み出されておらず、したがって、のちに作家デビューすることも、できていなかったでしょうね。モノは考えようですね。
【美香】 なるほど。
ちなみに、ネオさんの本って、全体的にはどんな内容なんですか。
【音生】 精神障がいをモチーフとした「⼩説」や「対談集」が中⼼です。出てくる主⼈公のほとんどは、何らかの障がいを患っている設定です。
彼らが、その苦しみや、僕が訴えたいことなどを代弁してくれています。僕本⼈も出てきますよ。すでに、かなり多くの⽅にお読みいただいていて、なかなか評判が良いのですよ。
先⽇も、⼤変うれしいご感想のお便りを頂戴(ちょうだい)いたしましてね。
【美香】 ほう。どのようなご感想だったのですか?
【音生】 「医療従事者の教育に携わる⽅」からのご感想だったのですが、
「精神障がいを持った⽅の視点にとどまらず、周囲の⼈たちの関わり⽅や⼼情が描かれていて、⼤変勉強になりました。」
とのことでした。さらに、
「こうしなさい、ああしなさい、と⾔われるよりも、物語の中で⽰されているほうが、リアルに想像できますね。」
ともおっしゃっています。
【美香】 なるほど。それは、⼤変興味深いですね。世の中にもっと広まってほしいものですね。
【音生】 はい!
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