その4
「そうか、クズの癖に来たのか」
約束の時間になり葛菜は、現れた。
「あぁ、クズはこの場所にきた。約束の通り、今来たんだ」
雨に濡れ、顔色もあまり優れないで、ハーハー、息を切らしながら言う。
その姿に暴者も、予想外といった顔をしている。
「約束通り…彼女を解放しろ」
「ふん、クズの癖にここに来たのは褒めよう。けれど、本来もっと早く来れただように…お前は今の今まで何をしていた?パチンコだろう?そう、お前ば彼女をギリギリまで放ってパチンコを打っていたクズだ」
「あぁ、そうだとも。俺はクズだ。正直にお前の顔を見ても未だに誰なのかすらも思い出せない」
「は、忘れたとは言わせないさ」
「本当に、心当たりが無いんだ。一体俺がお前に何をした?彼女をさらってまで何がしたいんだ?目的はなんだ?」
「復讐だ!私はお前のようなクズとは違って、名のある大学を出て、今では大きな企業にも着いている。そう、私は努力をした!それなのに彼女は私を捨て、お前のようなクズを選んだ!なぜだ!それはお前が何かずるい手を使ったらに決まっている!だってろくに授業を受けないでサボってばかりだったお前が優秀な彼女と釣り合うわけがないのだから!」
「それは、嫉妬だろう?お前は俺に嫉妬してこんな事をしたんだ」
「違う!嫉妬なんかじゃない!」
「お前は勘違いをしている。芹がお前を捨てた?それ以前の問題だろうに。お前が芹の本当の彼氏だなんだって、それこそ嘘だ」
「黙れ!本来付き合っていたのだ!それなのにお前が割って入ったのが悪い。クズの癖に、芹さんを思うがままにするお前が許せないのだ!」
暴者は、怒り狂う。
「じゃあ暴者お前は何が望みだ?どうなりたいんだ?」
「芹さんと付き合い、お前という醜いクズをこの世から消したい」
「そうか。ならば言わせてもらおう。本当のクズはお前だよ。俺なんよりもずっとお前はクズ野郎の名がピッタリだ」
「なんだと?」
「俺は芹を愛している。だがお前はどうだ?自分の非を認めようともせずに芹を自分勝手に攫ったんだ。ならばその行為はクズと言われるべきものじゃないのか?何も芹の事を考えてないじゃないか!俺は芹が喜ぶことを知っているが、お前に芹の何がわかる?」
「うるさいうるさい!クズが知ったように…!」ボゴッ、暴者が葛菜の顔を殴る。
「殴った。お前はいま、感情に身を任せて殴ったんだ……いいさ。俺は何もしないから好きなだけ殴ればいい。何もしない殴れば殴る程お前の方がクズという事になるが」
「―――やめて!」
甲高い声が、部屋に響く。それは先程までベットで意識を失っていた芹のものだ。
「葛菜君……こんなにもボロボロになって。ねぇ、暴者君、どうしてこんな酷いことしたの?」
「芹……」
「それは、こいつが!クズだから!こいつは屑!人間のゴミなんだ!芹さんを縛り付けている悪」
「違う……葛菜君はクズなんかじゃないよ。何も知らない癖に葛菜君を語らないで。
それに私は、縛り付けられてなんていない」
そう言って芹は泣きながらも、葛菜を優しく抱きしめた。
「そうか……もう、いいさ。結局クズを好きになる君もクズだったって事だ」
そういうなり暴者は、予め用意しておいた刃物を取り出した。
バッ、刃物を刺そうと走ってきた暴者に気づいた葛菜は芹を突き飛ばす。
そして次の瞬間、葛菜の腹部には深々と凶器が刺さった。
そうして倒れた葛菜を横目に「これがお前の受けるべき報いだ。屑のお前に相応しい最後だ」と暴者は笑う。
「いや、血が止まらない。死なないで、止まって、止まってよ」
傍らで涙を流す芹を消えゆく意識の中葛菜は見る。そして、上手く動かない口をゆっくりと動かす。
「泣か…で……く…れ……俺……の、きぼ……う」
そうして、葛菜の意識はこときれた。
◇
ふと耳に、言葉が聞こえた。
朦朧とする意識の中、その声を拾った。
「もう死なないと、約束したじゃない葛菜君」その声は、言葉は、葛菜の意識をこの世へと戻した。
目に入った光景で認識する。すぐ耳元で、芹が手を握り、泣いていたらしい。
弱々しい力で、葛菜はその手を握り返した。長い悪夢から解放された気がした。
生きている。まだ俺は、彼女と共に人生を歩める。
医者はどよめいた。息を吹き返した。奇跡だ、とわめいた。
葛菜は、生き返ったのだ。
「芹」
葛菜は目に涙を浮かべて言った。
「生きていてくれて、良かった。怖かった…もう二度と葛菜君が目覚めないんじゃないかって」
芹も、涙を流した。
「もう二度と、自分を犠牲にするような無茶はしないで」
「ごめん、もう二度と心配をかけるような事はしないよ」
「でも、守ってくれてありがとう」
それから、ひしと抱き合い2人は泣いた。
やがて静かになると、芹から今に至るまでの経緯を説明される。
刺されたことで、生死をさまよっていたこと。ホテルの係員の通報によってやってきた警察の手で暴者が捕まったこと。
説明する間、芹はずっと泣きそうな顔をしていた。 葛菜は、それを見て抱きしめた。
それから退院して、改めてクリスマスパーティを行うことになった。
その日、葛菜は金をパチンコでなく、プレゼントのために使った。
◇
「―――ハローワークに行かなければ」
葛菜は、芹に心配をかけぬようにと、働く事を決めた。
クズであった自分とも、きっと今日でお別れ……
『新台のパチンコ、リベンジしなくていいの?』
『まず今日就職活動なんてしなくていいでしょ!』
天使と悪魔がクズに囁く。
今日も今日とて、こいつはクズとして生きる。
誘惑に負ける前にさっさとハローワークに走れクズ。
【完】
走れクズ ゆずリンゴ @katuhimemisawa
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