2・2時間前
テーブルの上におかれていたジュースやらバーガーは吹っ飛び、代わりに八柳の額から出た血が落ちた。
殴られたのか、額が裂けている。
「八柳ィ!どうした!」
「兄貴…カチコミっす…」
「ドリームファイナンスってここかぁ?」
バッドにバール、その他凶器を持った男が5人ほど、ぞろぞろと入ってくる。
「うちの山田が、やべーとこから金借りたって泣きついてきてー。お邪魔しまーす」
「山田…」
山田とは、数時間前に取り立てにいった、持病持ちで親兄弟もいないあの債権者だろう。半グレの一員だったのか。
「すげー利子つけてくれちゃって。返す必要ないっしょ」
「ああ?こっちには借用書もあるんだよ」
「そんなの知るか。無かったことにしてくれりゃ、おとなしく帰るけどさ」
その男のセリフに。
志水の肌が、ざわ、と粟立った。
「おいお前そりゃ……”約束”…、破るってことか?」
「約束?そんなもんただの紙ィっ」
男の顔面に、志水の拳が入った。
武器を持っていたのに、一振りもできずに男は昏倒した。志水の一発で。
「え…えっ?」
連れだって来ていた男たちは、志水の顔と倒れた仲間の顔を交互に見る。
志水はパキリと拳を鳴らした。
こめかみには青筋が浮かび上がり、肩に力が入っていく。己のなかの獰猛な感情を、どうにかおさえるように。
志水は日頃からキレて声を荒らげてばかりだが、今あるのは、あきらかにそれとは違う怒りだ。
「……俺はな。”約束”破るやつが大ッ嫌いなんだよ」
獣のように歯を食いしばり、その隙間からうなるように声をもらす。
そして、男たちに向かった。
「テメェらぶっ殺す!」
志水が向かってきた男たちは、逃げることもできずに応戦させられた。
バッドか骨が折れているのかわからない鈍い音。男が倒れて頭を打った音、志水が殴った音…たぶんそのどれかが入り乱れて聞こえてくる。
「ひえ~…さすが志水さん…」
太はソファを盾にして、その様子をうかがっていた。
「あの人、腕っぷしはいいんだよねー」
テーブルの上で倒れていた八柳が、顔の上半分を血まみれにしたままむくりと立ち上がった。
「八柳さん!大丈夫ですか!?すごい血ですが…」
「へーき、こんなの」
腕で乱暴に額をぬぐっただけで、けろりとしている。この人の強さも大概だと太は思った。
八柳は志水に加勢するでもなく、戦うさまを見ている。
それこそが、志水の強さを証明しているのだろう。こんなのは、舎弟が手を貸すほどのことじゃないのだ、と。
「俺、この人の強さが好きでついてきてんだ。だからヤクザやってんの。でもさ、こんなチンピラ相手ならともかく、今は抗争もないし、強さの証明にならない」
八柳の声は、どこか寂し気だった。
「ヤクザの強さは、金を稼げる力。今の時代はね。この人の力は、どこで生かせんのかなあ…」
・・・
ドリームファイナンスの床に、男たちの体が転がった。
そのうえにどっかりと腰を下ろし、志水はタバコをくわえる。その横から、八柳がライターを差し出した。
「お見事」
「おうよ」
志水は煙を吐いた。仕事を終えたあとの一服は最高だ。
「でも兄貴ィ」
「ああ?」
「この惨状、どうしましょ」
ドリームファイナンスの事務所は、ボロボロだった。志水が椅子をぶんなげたので窓が割れ、志水が男の体を叩きつけたりしたのでソファが破れ、志水がどこかのタイミングで奪い取ったバールが空調に突き刺さっていた。
「うわあ…これは修繕費がかさみそうな…」
「こ…こいつらが少しくらい持ってんだろ?」
冷や汗をかく志水をよそに、八柳が手際よく、全員のポケットから財布を集める。「んー…全員で7万くらいっすかね。こいつらクレカも持ってない…現金化できないな」
「しけてんな!おめえらのせいでまた金が必要になったろうが!」
志水は八つ当たりで、足元の男の頭を蹴り飛ばした。
そのタイミングで、八柳のスマホが鳴った。
「八柳です。いつもお世話になってます。…………はい、はい。……あー…。なるほど」
何の電話かはわからないが、八柳が今出るということは組か事務所に関係のあることだろう。ただ、八柳はいつも無表情だから、どういう電話かわからない。
通話が終わり、八柳が志水を向いた。
「兄貴。こないだ金返せなくなって、南通りのソープに預けた女いたでしょ」
「ああ、蓮見令佳な」
そこまで言って、志水は思い出した。
そうだ、令佳がソープで稼いだ金がある。
「そうか!今月の売上は、令佳が働いたぶんでとりあえず…」
「飛んだそうです。出勤しねえし連絡つかねえって」
志水はまた足元の男の頭を蹴った。「どいつもこいつも!」
「あー、でもあの女。確か連帯保証人つけてましたよ」
八柳が借用書のファイルを取りに行く。
「…あ。ほら、やっぱり」
「……雨宮トキコ?」
借用書には、この近くの住所が書かれていた。
「あれ。このマンション令佳と同じじゃね?」
「同居人らしいです」
「仕事は?」
「令佳の話じゃ、在宅ワークしてるとか」
「よし、じゃあ家にいるな。こいつから金回収するぞ!すぐに行く」
八柳と目配せして、志水は事務所を出ようとする。様子をうかがっていた太が、立ち上がった。
「あ、あの!おふたりとも。僕は、もういいんでしょうか」
「あー?いいよ。鍵だけ閉めてってくれ」
志水が太に向かって、鍵を投げる。
ドアを見ると、ドアノブがぷらんと外れていた。
「鍵を…どう閉めれば?」
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