3・10分前

ドリームファイナンスの事務所から、歩いていける範囲に雨宮トキコのマンションはあった。

マンションといっても、築30年は超えていそうで、見た目からすでに古さが漂っていた。


エントランスもオートロックでなく、すんなりと中に入ることができた。狭いエレベーターに乗り、5階で降りる。


「金借りた本人ならともかくよ、ダチの、しかも女を追い込むのは気がのらねえなぁ」

「志水さんの基準、よくわかんないんですけど…令佳のことはソープに沈めたのに」

「令佳は自分で金借りて、返せない時の”約束”してたからいいんだよ」


それでもまあ、約束は約束だ。トキコは連帯保証人の欄にサインをしたのだから。

少し歩くと、505号室が見えてきた。保証書にある住所。ここが、雨宮トキコの住まいだ。


インターホンを鳴らすが、部屋の中で人が動く気配がしなかった。


「雨宮さん?雨宮トキコさーん?」


どんどん、とドアを拳で叩く。少し待つと、ドアの向こうで人の気配が近づいてきた。

ドアチェーンもせずに、ドアが開いた。借金取りのヤクザが言うのもなんだが、不用心である。


「…雨宮トキコさん?」

「はい…」


分厚い眼鏡に、長い髪。眼鏡のむこうでもわかるくらい大きな目をしょぼしょぼとさせながら、志水を見上げる。寝起きなのかなんなのか、ぼんやりと。

そして、細い。細いというか、体が全体的に薄い。肌は白いが、色白とかじゃなくて不健康だからに見えた。そっけないTシャツから覗く腕は、細い枝みたいだった。

顔立ちは、まあ磨けばそこそこ光りそうではある。


見た目を値踏みしたのは、女は体が担保になるからだ。もし金がないと言われたら、そっちも検討する必要がある。


しかし、志水の第一印象としては「大丈夫か?この女」だった。


「この借用書、保証人欄にあるのあんたの名前だよな」

「え…?あー…これ、令佳ちゃんに頼まれた…」


本人確認も済んだので、志水はドアの間に体を割り入れた。

すぐに八柳が後ろにつき、出入口を塞ぐ。


「こんなところで立ち話もアレなんで、中に入らせてもらいますよ」

「あっ。え!?」


トキコの目が、ぱっと見開かれた。さすがに家に入られたら、目も醒めるか。


「家には入らないでください!」

「まあまあ、あんたこそ騒ぎになると近所迷惑になって困るだろ。茶の一杯でも出してくれや。ゆっくり話しましょうよ」


リビングなりダイニングなりを探して、廊下を進む。

突き当りにドアがあった。


「この部屋借りるぜ」

「っ!?」


ガッ、と。トキコが志水の腕にしがみついてきた。

顔を上気させて、小さな唇をふるわせて。


「やめてください!この部屋には入らないで…!」

「あぁ?やけに必死だな。もしかして令佳がここにいるのか?」

「ちがいます、そうじゃないんです!お願いだからとにかくやめて!」


お前、そんなに大きな声出るんだな。最初の印象との変わりように、妙な感心をしてしまった。

でもその必死さは、むしろ志水の好奇心をそそった。


「嫌がられるとますます開けたくなるだろ」


トキコの手を払うのなんか、志水には簡単だった。

ドアノブに手をかけて、その部屋に押し入った。



そして、あのエロエロな部屋が登場したのである。

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