雪解け

千葉やよい

前編

 私の答案がなくなった。

 ちゃんと鞄に入れたはずなのだ。国語教師のサイトウから、

「お前はほんとうにいつもすごいな」

と言われながら渡されて、ちょっと嬉しくなって、でも照れくさくって、みんなにのぞきこまれないうちに急いで鞄の中に放り込んだ。家に帰って鞄の中身を机の上にぶちまけたら、教科書やノートは出てきたけれども、答案はいくら鞄をさかさにして振っても出てこなかった。

 学校に忘れてきたのかもしれないな。そう思って、その日はそのまま寝てしまった。


 次の日、学校に行ってから、自分の机の中を探してみたけど、私の答案は出てこなかった。サイトウに、

「お前はほんとうにそういうところバカだな」

と苦笑されたけれど、気にしなかった。自分でなくしちゃったんだと思ってた。

 また、答案がなくなるまでは。

 三学期の期末テストが終わったばかりで、採点の早い先生達は、学期中に答案を返してくれる。私は、成績がまあまあいい方だ。理系の科目は少し苦手だけれど、国語や英語や社会は九十点台を下回ったことはない。先生たちに褒められると、少し誇らしい気分になる。でも、もっともっと頭のいい子達がいることもわかってる。だから、私は、自分の成績を自慢するようなことはしたことがない。もっと成績のいい子達に馬鹿にされるのが嫌だから。

 でも、どうも、私はねたまれているのではないか、と感じる。だって、なくなる答案は社会や英語や国語だけで、数学と理科の答案はなくならなかったから。でもいったい誰が私をねたんでいるのか。


 今朝は雪が止んで、ここ数日の寒さが嘘のようにあたたかい。私は長靴をかぽかぽさせながら、ぬかるんだ畦道を、学校へと向かっていた。

「おーい、えみちゃーん」

 雪をスコップでかきわけながら、うちの親の知り合いのおじさんが声をかけてきた。えーと、誰だっけ、この人。名前が思い出せない。

「えみちゃん、学校の帰りにテストを落としただろ? うちの田んぼに落ちとったぞ」

 私の顔が、ひきつった。

「ちょっと待ってな」

といっておじさんが持ってきてくれたのは、確かに私の国語の答案だった。それはぐちゃぐちゃに濡れてあちこちがちぎれかけていて、インクもにじみ、文字がかろうじて読み取れるような状態だった。でも自分の字を見間違えるわけがない。

「⋯⋯これ、どこらへんにあったの?」

 このおじさんの名前なんだっけ、と思いながら私はきいた。

 おじさんは、私の答案が落ちていた場所に案内してくれた。それは私が今歩いていた畦道のすぐ脇だった。田んぼの上に降り積もった雪の原に、人の手で掘られた窪みが出来ていて、お日様に照らされ溶けかけている雪と泥が混じりあい、ぐずぐずになっていた。

 もしかして、という予感は当たった。その周囲を探すと、泥まみれになった他の答案も出てきた。

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2024年12月25日 09:00 毎日 09:00

雪解け 千葉やよい @yayoichiba

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