第4話 開戦/オープニング
シップ#6438ラウンジ、中央。
ホログラムにより形作られた柱状のランキングボード周辺には、数多のプレイヤーが屯していた。
ランキングボードに映し出されているのは、現在開催中の『シップマスター権争奪戦』における上位100名の名前だ。
あるプレイヤーは尊敬の対象として、あるプレイヤーは越えるべき壁として。そしてあるプレイヤーは、自身の努力の証としてランキングボードを見上げる。
このシップに所属しているプレイヤーは約1000名。
ランキングボードに名前が載っているだけで上澄みだと、エテルは語ってくれたが……生憎と、俺が一緒に
足踏みしている余裕は、一秒たりともない。
俺はランキングボードに触れ、初めてのマッチングを開始した。
とはいえ、対戦相手を待つ間はどのゲームも暇なものだ。
ソファーに腰掛け、エテルに話しかける。
「予習しておくか。シップマスター権争奪戦の形式について、もう一度教えてくれ」
『了解しました。本イベントは一対一の一本先取、消費アイテムの持ち込みや支給無しの最もスタンダードな戦いですね。バトルフィールドは、一切の障害物がない円形の闘技場となっています』
「障害物がない……となると、遠距離攻撃の方が有利か。魔法を基本に立ち回っても良さそうだな。マッチングのシステムはどうなってる?」
六日で最低でもランキング五位まで駆け上がる事を目標にしている以上、マッチングシステム、そして勝利時の順位の上がり幅はとても重要だ。
流石にないとは思いたいが、極端な話勝利数だけが基準となっていた場合、三週間分の差を埋めるのはほとんど不可能になる。
『基本的に内部レート差が少ない相手とマッチングするようになっています。なお、独自のレーティングシステムの為、計算式までお伝えする事はできません』
「内部レート、か。個人的にはあまり好きじゃない言葉だな、公開されてるレートの数値も所詮は飾りって事だろう?」
『……貴重なご意見、ありがとうございます。ですが、現在のバーリトゥード様にとってはむしろ都合が良い仕組みかと』
「ん、どういう事だ、エテル」
『計算式をお伝えする事はできませんが……圧勝し、連勝すれば内部レートは間違いなく上昇します。そうなると、より上位のプレイヤーと早期の内にマッチングできます。もうお分かりですね?勝ち続ければ一瞬で一位と成るのですよ』
今のエテルは、ナビゲートAIにしては少し熱が入っていた気もする。が、まあそんな事はどうだっていい。最新世代のAIは学習内容によって明確な個体差が生まれている、みたいな論文も見かけたしな。
エテルの話が本当なら、俺にとっては確かに都合がいい。
誰よりも強く、早く、鮮やかに、勝ち続ける。
それだけが俺のやるべき事だ。
『マッチングが成立しました。行ってらっしゃいませ、バーリトゥード様』
そんな声と共に、僅かな浮遊感が訪れ、視界が光で包まれる。
この不快感にも、もしかしたら慣れる時が来るのだろうか。
* * *
|––––––––––––––––––––––––|
試合形式 :決闘
対戦時間 :180秒
対戦者 :バーリトゥードvsだらぼっち
フィールド:決闘場
|––––––––––––––––––––––––|
目を開ける。
そこは確かに障害物も何もない、ただ灰色の地面が広がる空間だった。
空はただ黒く、不気味に光る幕が逃げ隠れできぬように俺達を閉じ込めている。
距離にして約20メートルほど先の場所に、対戦相手が立っている。
俺と同じ初期装備の白いコートを着て腰から二本のサーベルを下げた、小柄な茶髪の少女だ。
中の人が少女かどうか、というのはVRMMOでは禁句なので言ってはいけない。
体型体格顔髪声、あらゆる要素を弄れるのがフルダイブの利点であり、その結果リアルを探るMMO人狼ゲームの難易度は格段に上昇したと昔知り合いが嘆いていたな……心の底からどうでもいいが。
試合の開始が迫っている事を、ピープ音が告げる。
対戦相手に倣い一礼する。
試合が始まる。
瞬間、俺達はどちらも相対する敵の元へと走り出した。
一歩、また一歩と距離が縮まる。
身体能力が強化されたゲーム内に於いて、20メートルとは一瞬で詰められる距離。
少なくとも、悠長に魔法を打ち込む暇などなく––––––––
少し間抜けなタイピング音は、武器と武器がカチ合う音に掻き消される。
「凄いっスねそれ、片手で魔法使おうとしてるんスか?」
「そりゃどうも、其方こそ中々いい剣捌き、で!」
二本のサーベルから繰り出される絶え間ない攻撃をなんとかハンマーの持ち手で防ぎつつ、隙を見て攻撃を振るう。
尤も、決死の攻撃も手数の差で悠々と防がれるし、頼みの綱の魔法に関してもただただタイプミスのログが流れるばかり。
側から見れば、俺の敗北は火を見るよりも明らかなのかもしれない。
それでも。それでも、愚直に耐え続けろ。
一撃で倒し切れるまで、調整しろ。
実行するだけで魔法が打てるよう、予めコマンドを打ち込む。
武器の効果を使う為、予め三回だけ攻撃する。
相手の動きを見切れ。
致命傷にならないよう、安全に攻撃を喰らえるタイミングを探せ。
耐えて、耐えて、耐える。
約一分間の目まぐるしい防戦の末、俺は遂に勝機を得た。
相手が繰り出したのは、頭狙いの両手突き。
早く試合を終わらせたかったのだろうか。真意は不明だが、何にせよ防御を捨ててしまったのは悪手と言う他ない。
少しだけ頭をずらし、わざと擦り傷を受け。
青い雷迸るハンマーを振り上げて、遠くへ吹き飛ばす。
そして、最後のピースを入力する。
『
炎の矢が駆け、敵を射殺す。
斯くして最初の戦いは、案外呆気なく幕を閉じた。
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