第二章 ~『弟さえいれば・・・』~
静かな夕暮れの中、長い一日を終えた
庭の石畳を進み、玄関の扉を開いた彼女は、疲労を浮かべながら、廊下を進んで談話室へと足を運ぶ。
静けさが漂う落ち着いた空間には、長机を囲むように椅子が並べられている。机は木目が美しく、磨き上げられて艶がある。椅子は緩やかに傾いた背もたれが、長時間座っても疲れないように配慮された作りになっていた。
「李明様、いらっしゃったのですね」
談話室には先客がいた。家令の李明である。落ち着いた姿は、室内の柔らかい空気とよく馴染んでいた。
「
「では、折角なので頂きますね」
李明が急須から茶を注いでくれる。無駄のない所作は彼の性格が滲み出ていた。
「少し熱いから、冷ましてからどうぞ」
「癒やされる味ですね……」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」
湯気の向こうにいる
「何かあったのかな?」
李明がさりげなく投げかけた問いだが、声は落ち着いていた。そっと寄り添うような声音に、
「やっぱり李明様には見抜かれてしまいますね」
「僕でも分かるほどにお疲れだからね。後宮で何が起きたんだい?」
「実は……」
「大変だったね」
「本当に苦労するのはこれからです。なにせ相手を見つけられなければ、知らない人と結婚しなければならないのですから」
「国から紹介された人が、良い人の可能性もあるけれど……さすがに運否天賦が過ぎるね」
「そのリスクは取りたくありませんね」
「弟が……
「
「どこかで元気にやっているのでしょうか……」
「
死体はまだ発見されていない。だが行方不明になってから一年以上が経過しているにも関わらず、屋敷に姿を現さないことから望みが薄いことは
「微力ながら僕の方でも調査してみるよ」
「お願いします」
結果を期待できないと知りつつも、弟の生存を諦めきれない
「お客様でしょうか?」
「確認してみようか」
(あの馬車はいったい……)
「さっきは世話になったな。再び、会いに来てやったぞ」
「私はあなたに用はありませんが……」
「そういうな。良い知らせを持ってきてやったんだからな。喜べ、貴様と俺の結婚が決まったぞ」
突然の宣言に、
「妄想なら頭の中でお願いします」
「クククッ、失礼な貴様でも俺の優秀さが理解できるように説明してやる。聞いて驚くなよ。俺は領主代行を務めたことがあるのだ!」
「私もありますよ」
「な、なにっ!」
「話はそれで終わりですか?」
「ま、待て待て。ここからが本題だ。その実績をどうにか活かせる場が欲しいと後宮にアピールした結果、貴様が期限内に夫を見つけられなければ、俺が結婚相手となり、新しい領主となる約束を取り付けたのだ」
「そんな馬鹿な約束……」
あまりに理不尽だと言い切るよりも前に
仮に相手が見つからなかったとしても、李明と結婚すれば最悪の結末は避けられる。だがそれを見越していたかのように
「あ、そうそう。俺との婚姻を避けるために、身近な相手を選ぶのは止めておけよ。後宮で働く知人に根回して、相応しくない相手の場合は拒絶するように言い含めてある。無駄に時間を浪費するだけだからな」
(やられっぱなしは癪ですね)
反撃の一手はないかと思案していると、
馬たちが話していたのは
「何がおかしいんだ?」
「領主代行をしていたとのことですが、結果は芳しくなかったようですね」
「な、なんだとっ」
「遊んでばかりで、領地を滅茶苦茶にしたとのことで……領民たちからも放蕩息子と馬鹿にされているとか」
「誰がその話を!」
「出元はどこでも構わないでしょう。大切なのは私との婚姻を望む動機です。自分の生まれ育った領地で領主になれないと見切りをつけたあなたは、それでも権力の味を忘れられなかった。だからこそ、後宮の友人たちに根回ししてまでこの縁談を無理に進めようとしたのです」
「私との縁談を得るために友人たちに土下座までしたそうですね」
「~~~~ッ」
「私利私欲のために婚姻を望むような人と結ばれる気はありません。どうぞお引き取りください」
「こ、この借りは必ず返すからな!」
急な動きに驚いた
「くっ……何だ!」
「お、覚えてろ!」
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