第二章 ~『離縁と無礼者』~
香炉から漂う淡い香りが、役所特有の厳粛さをさらに引き立てており、宦官たちは淡々とした手つきで公務を進めている。
「おや、
「……もしかして駄目だったか?」
何がとは口にしない。
「浮気されてしまいまして……」
「趙炎だからな。あいつは男の俺から見ても駄目な奴だった」
「結婚したら変わると期待したんですけどね……」
「人は悪い方に変わるのは簡単でも、良くなる方に変わるのは困難だからな。趙炎のような欲に流されやすい奴だと特にな……でもまぁ、良かったんじゃないか。あの一年があったから、今の
「認めるのは癪ですがね……」
趙炎が消えた一年は
趙炎への怒りが芸術に昇華され、後宮に画師として招かれるほどの実力に達したのだ。不本意ではあるが、彼の不貞がなければ、今の
「実際、
墨の濃淡が絶妙に使い分けられ、馬の躍動感がいっぱいに広がっている。瞳は怒りに満ちて見開かれ、口元からは荒い息を吐き出しながら、たてがみが風に逆立つ様が生き生きと表現されていた。
「この絵は私の中でも挑戦的な作品だったので、褒められると嬉しいですね」
「
「でも、この馬の力強さは、作品に残したいと思えるほどに魅力的でした。その分、じゃじゃ馬でしたが……」
「あれは手強かったな……でも、
それは
「昔話はこれくらいにして。離縁届けを受け取ろうか」
「ではこちらをお願いします」
「これで無事に独身だな。次の縁談はどうするんだ」
「まだ決まっていません。なにせ別れたばかりですから」
「候補もいないのか? ほら、例えば、家令の男がいたよな」
「李明様は有力候補なのですが、最後の手段にして欲しいと断られてしまって……」
李明は
大切な人だからこそ、幸せになるなら同世代の人と結ばれて欲しいというのが、李明の望みだった。
「なので結婚相手はこれからじっくり探そうと思っています」
「いいや、それはマズイな」
「どうしてですか?」
「領地を治める卿士は、原則的に男である必要がある。
「つまりすぐに跡継ぎとなる縁談相手を探さなければならないと?」
「三ヶ月以内だな。もしそれを超えたら、
「それは避けたいですね……」
健全に領地が運営されることは国家にとって重要だ。そのため、正式な領主が必要な理屈も理解できる。
ただそうなると
「良い男を紹介してやりたいが、
「素敵な殿方を期待しています」
「期待はほどほどで頼む。ちなみに理想はあるのか?」
「浮気しない人がいいですね」
「そればかりは保証できないな。ただ真面目で優しい男を探してみるつもりだ」
「お願いします」
「話は聞かせてもらったぞ」
「あなたは?」
「俺は
「顔は整っていて、悪くない。色気はないが、そこは我慢してやる。俺との縁談を喜んでいいぞ」
(こんなに失礼な人が世の中にはいるのですね)
趙炎とは違ったタイプの最低な人種だった。
「
隣で一部始終を見ていた
「二度も浮気をして離縁されてるような奴だ。間違いなく、三度目もある」
「あの二回の浮気は俺が悪いわけじゃない。俺を満足させられなかった妻たちが悪いのだ」
「ほらみろ、こういう奴だ」
「縁談はお断りします」
「生意気な女だな。貰い手がいないのも納得だ」
「その言葉、そっくりそのまま、自分にも当て嵌まると気づいていますか?」
「うるさい! 貴様は俺の言う事に黙って従っていればいいんだ!」
だが
「なにっ!」
次の瞬間、
「いったい何が……」
「私が投げました」
「なんだとっ!」
非力な
「
対話できるとはいえ、それが失敗すれば、暴れる馬や狼に襲われることもある。動物を描く画師だからこそ、
「クソッ、覚えていろよ!」
「最低の人でしたね」
「だが三ヶ月以内に相手が見つからない場合、ああいう男と婚姻を結ばされる可能性がある」
最悪のケースを想定して、
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