婚約者のいる運命の番はやめた方が良いですよね?!

月城光稀

第1 『運命の番』に出会ってしまった

目があった瞬間、激しい動悸に襲われた。自分でもわかるくらいの発熱と発汗、そして欠乏を感じた。何かが満たされない……満たして欲しい……。目を逸らせば少しは落ち着くかもしれないのに、それさえできずにいる。

『彼だ』。メアリーの心は確信している。初めて会うのに懐かしいような、不自由なく生きてきたのに出会った瞬間今までの自分が欠落していたことに気づいた感覚。彼と共にいることが当然に思える情動はまさしく、『番』によるものかもしれない。

けれど、『彼』は良くない。『彼』は友達の婚約者だ。心が確信していても、到底受け入れられるものではない。


「あ、あの……わたし……」


体調が悪いから辞したい、その一言が上手く紡げない。そもそも挨拶さえできていない。このままだと激情に駆られて公衆の面前で痴態を晒してしまうかもしれない。この場を離れようと足を踏み出すもよろめいた。隣にいた男子生徒が庇おうとしたその時、愛しくてたまらないその『彼』が奪うようにメアリーをしかりと抱きしめた。


ああ、ずっと欲しかったもの


「メアリーさん?」

「メアリー、大丈夫??」


うっとりと酩酊しそうになるも友人たちの心配する声にハッと気づき、最後の理性の一線を保つ。

名残惜しくも『彼』から逃れようと、身じろぎして離れる意思を伝えてみる。『彼』の体はびくりとも動かず、むしろいっそう強く抱きしめてきた。


「彼女はひどく体調が悪そうだ。このまま医務室に連れて行こう」


ああ。声まで素敵。


体の内側から沸き出る熱い激情にメアリーは耐えきれなくなり、体勢が崩れていく。とうとう『彼』に抱きかかえられてしまった。


「セドリックさまっ!!」

「ロザリー嬢、今日はこれにて失礼」


騒然とする周囲。婚約者に一瞥もくれず、『彼』はメアリーを抱えて歩みを進める。


「せ、セドリック、俺が彼女を連れて行こう。君は婚約者の側に」


気を利かせた男子生徒が婚約者との間をとりなそうと、慌てて『彼』に近づいて来た。それは常識的模範行為であるが、『運命の番』に常識は通用しない。


「俺が行く」


普段朗らかなセドリックからは想像もできない冷たい眼差しを返され、男子生徒は驚き慄いた。隠すことのない殺気を向けて断固拒否するセドリックに彼の友人達もただ見送るしかできない。


いくらか歩くとセドリックの従者が近づき、会話を交わす。

セドリックは救護室ではなく、馬車留めに向かった。


馬車に乗り込んだとき、メアリーは朧げな意識を取り戻す。


「あの……うぅ」


『彼』にしっかりと抱き止められ、メアリーは安心と喜びに包まれつつも、気力を振り絞る。


「ここ、は……?」


カタンと馬車が動き出す。『彼』がうっとりとした表情でメアリーに顔を寄せる。


「はぁ、まさか運命に出会えるなんて思っても見なかった。君は?メアリーと呼ばれていたね?」


返事が上手くできなくて、コクコクと頷く。


「僕はセドリック。セドリック・ランカスター。メアリー、わかるよね??僕たちは番なんだ。なんて幸運だろう!!」


幸運——メアリーを受け入れてくれたことがすごく嬉しい。

でも、彼には婚約者がいる。

神様はなんて残酷なんだろう。『運命の番』であろうと、決して結ばれてはいけないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約者のいる運命の番はやめた方が良いですよね?! 月城光稀 @siro_mi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ