生き別れの弟に

海野幻創

 俊哉は、幼い頃に離れ離れになった、僕の弟だ。

 そのとき、僕は10歳で俊哉は8歳だった。


 二個違いだった僕らは、まるで双子のように一緒に育った。俊哉は僕と同い年の気になって平気で楯突いてきたし、同じもので遊んで、喧嘩もいっぱいした。

 両親が不仲だったことは、小学生ながらも気がついていた。だから離婚することになったと言われても動揺はしなかった。

 でも俊哉と離れることになるとは思わなかった。


 俊哉は母さんといなくなった。


 父さんは、母さんたちがいなくなってから人が変わったようになった。後から知ったことだけど、離婚した理由は父さんの暴力だったらしい。知ったというのも、その矛先が僕になったからなんだけどね。

 俊哉はお父さん子だった。僕はお母さんっ子で、バランスが取れているね、なんて四人で言っていたのに、なぜ母さんは俊哉を連れていったのだろう。


 父さんは俊哉の方が好きだった。同じ野球好きで、いつも二人はキャッチボールをしていた。四年生になったら野球団に入れると言って、楽しみにしていた。僕はどちらかというと内向的な方だったから、絵を書いたりゲームをしている方が好きで、父さんと一緒に何かをするなんてことはほとんどなかった。


 父さんは俊哉が上手に球を取れたり、テストでいい点を取ったりすると、俊哉を抱き寄せて頬と頬をくっつけて、その喜びを表現していた。

 僕は一度もされたことがない。

 あれが羨ましかった。


 俊哉、父さんに会いたいと思わないか?

 僕は母さんに会いたい。お前はどんな風に成長しただろう? 俊哉の顔も見てみたい。

 お前の残していったグローブとバットも、まだ家に置いたままだ。


 僕は会いにいくことにした。夏休みに、電車に乗って。

 父さんには相談しなかった。だって、怒られると思ったんだ。最近は、学校のプリントを見せるだけでも殴られる。

「俺にそんな面倒をさせる気か!」って怒鳴るんだ。

 そんなだから内緒で行くことにした。

 お金はお年玉を使った。父さんもたまにはくれるんだ。飲みすぎることはあるけど、ギャンブルや無駄遣いはしない人だから。


 調べるのは簡単だった。

 母さんと俊哉に会いたいと素直に聞いたら、おばあちゃんが教えてくれた。

 電車を乗り継いで2時間の距離だったけど、夏休みでもすることなんかない僕には、時間はたっぷりあった。


 俊哉に届けるための荷物を抱えて、僕は電車を降りた。

 夏の蒸した空気が絡みつくが、空は真っ青で気分はいい。


 事前にアプリで登録していた番地までは、ここから徒歩で15分だそうだ。

 今は午前11時40分。お昼ごろなら昼食のために在宅していると思うけど、出かけていないといいな。

 少し不安に駆られた僕は、事前に連絡をしないまま、二人を驚かせようとしていた気持ちが少し陰った。


 母は再婚をしていて、名字が変わっている。

 ここだ。番地も合っているし、高木と書かれた表札もある。


 僕は、緊張からか暑さからかわからない汗で湿った指で、インターフォンを鳴らした。


「はい」

 モニターに、懐かしい母の顔が覗く。


「母さん、僕だよ」

「えっ!? 昌哉?」

「そう。突然来てごめん」

「ちょっと待ってて。俊哉? としやー?」


 そのすぐ後に玄関のドアが開くと、母と俊哉の二人が僕を出迎えてくれた。良かった。二人共出かけていなかった。


「昌哉……」

 俊哉は僕より背が大きくなったみたいだ。

「驚いただろ? 久しぶり」

「……今から、そっちに行く予定だったんだ」

「どうして?」

「どうしてって……」

「昌哉、あなたは大丈夫なの?」

 大丈夫かって? 父さんから受けている暴力のことを言っているのか?

「さっき電話で聞いたばかりなの。あなた、何時に家を出たの?」

「朝だよ」

「あなたは大丈夫だったのね」


「そんなことよりも俊哉、大きくなったな」

「……ああ」

「身体もガッシリしてる。もしかして野球部?」

「そうだよ」

「凄いな。父さんに知らせないとだな」

 二人は答えない。

「俊哉も父さんに会いたかっただろう?」

「ああ」

 やっぱり父さんっ子だ。来てよかった。

「父さんによく、頬をくっつけて褒めてもらっていたじゃないか」

 僕がそう言うと、母さんは口元を抑えてかがみ込んだ。離婚したことを嘆いているのか?

「もう、そんなことをされても喜ぶ歳じゃないけど、父さんには褒めてもらいたいだろう?」

「……そうだな」

 そう言った俊哉の目に涙が浮かんでいた。

 そうかそうか、僕も母さんと俊哉に会えて嬉しい。それと同じくらい俊哉も父さんに会いたいと思っていたんだ。

 そこで僕は、すぐに会わせてあげることにした。


「ほら、父さんを連れてきたよ」

 俊哉に届けたいと思って持ってきた荷物を開けて、俊哉に見せてあげた。


 父さんの、首を。

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生き別れの弟に 海野幻創 @umino-genso

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