最終話

 君は間もなく息を引き取った。

 君と話をした病室の中は空っぽになり、君の名前はプレートから外されていた。


「……」


 君を失っても世界は、僕の周りは、何事も無かったかのように回り続ける。まるで僕だけが違う世界に来てしまったかのようで、酷く居心地が悪かった。


 君のお葬式はよく晴れた日に行われて、なんだか無性に腹が立った。雨でも降っていたのなら、或いはせめて曇っていてくれたのなら、少しはマシだったのだろうか。

 君の両親が僕を見て、涙を流しながら小さく笑った。その顔が君によく似ていて胸が痛くなる。


「ありがとう。君がそばに居てくれたおかげで、あの子は笑ってくれていたわ」


「いえ。僕は、何も……」


「あの子はいつも、君の話を嬉しそうにしていたよ。本当に感謝してもしきれない」


「……」


 良い両親だ。君があんなに良い子に育つのもわかる気がする。僕なんかより、産まれてからずっと側で見てきた2人の方が辛いはずなのに、僕に笑顔を向けるところまでそっくりだ。


「そうだ。これ、君がくれたものなんでしょう?」


 そう言って僕に差し出されたのは、小さな箱に入った桜の髪飾りだった。


「あ……」


「あの子、これがすごいお気に入りでね。ずっとつけていたのよ。……これは君が持っているべきだと思うから」


「いいん……ですか?」


「ええ、持っていてあげてくれないかしら。その方がきっとあの子も喜ぶわ」


 汚れた髪飾りを見て感情が溢れそうになる。本当に、桜なんてやめておけばよかった。


 こんなに悲しいはずなのに、お葬式でも上手く泣けず、抜け殻のような日々を送る。

 大学に行って、帰って寝るだけの毎日。君が言うような君に変わる生きる意味なんて、探しても見つからない。


「……」



 ある日、大学の帰りに病院へ寄ろうとして、そこでハッとした。いつもの癖で203号室に行ったって、君にはもう会えない。

 そう気がついた時、僕は膝から崩れ落ち、誰もいない道でボロボロと泣いてしまった。

 そうだ。もう、スイーツを買って行っても、話をしようとしても、抱きしめようと思っても、そこに君はいないんだ。


「……っ」


 当たり前のことなのに、ようやく気がついたかのように僕は泣いた。もう君に触れることは適わない。声も体温も匂いももう、何もかもが失われてしまったのだ。


「ぅ……あぁ……」


 嫌だ。どうして、君のいない世界に取り残されないといけないのだろう。どうして君だけがいないのだろう。

 いっその事、君を追って死んでしまおうかと考えた。が、君の言葉がそれを許さない。


「……っ」


 君の言ったことくらいは守らないといけない。君が天国に行ったとしても、幽霊になって僕を見ていたとしても、ここで自ら死んでしまったら、もう二度と君には会えない気がした。


 散々泣いて、泣いて、気が済むまで泣いて、1人立ち上がる。見つかるかは分からない。それでも、君の言う生きる理由を真剣に探してみようかと思う。

 だから、それを見つけることが出来て、ちゃんと天寿を全うしたら、また君に会わせてほしい。どんな形でもいいけれど、もしも一緒に生まれ変わることが出来たのなら、今度は君とずっと、最後まで人生を歩ませてほしい。


 何も無い道を歩き出す。きっと君以上を見つけることはできないけれど、いつかまた君に会えることを信じて、僕は明日からも生きようと固く決意をした。

 君が安心して眠れますように。

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203号室の君と僕 RioRio @inourara

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