第2話 仲間たち

 扉を叩く音、引っ掻く音がどんどん大きくなっている。この扉以外に逃げ道はない。

 一旦繭を段ボールの上に置き、拳銃の安全装置を外す。

 扉が開いたら弾を一気にぶち込み、できた隙で外へ逃げだそう。


「無事家に帰れたら、またリンカさんにカレー作ってもらおうな」


 唯一モスのことを知っていた一般人が、大学の先輩である斎藤リンカ。

 初めて会ったのは、大学教授に寄生したエイリアンが立てこもり事件を起こした時だった。




「お前が、私たちの同胞を討った男か?」


 ハエ型エイリアンは同族間の仲間意識が強いらしい。あるエイリアンを倒したことは奴らにすぐにバレ、仲間が敵討ちにやって来たというわけだ。


「私はその時一緒にいた、蛾族の幼虫を渡してくれればそれでいい。このまま黙っていれば命だけは助けてやる」

「如月くん何か知ってるの⁉ お願い、なんとか命だけは助けて!」


 怯えた表情をするリンカ。俺にも真っ向からエイリアンに立ち向かう力はない。

 どうせ俺たちにはどうしようもない話、さっさとモスを引き渡して逃がしてもらうのが最善策だったに違いない。


「……知らない、俺はそんなの知らない!」


 だが、その時すでにモスに対してどうしようもない情を持ってしまった俺は、素直にその手を下すことができなかった。


「そうか……じゃあこのまま死んでくれ」

「きゃぁぁ!」


 ナイフを持ってとびかかってくる大学教授、に寄生したエイリアン。


「レイ、危ない!」


 その時モスは某アメコミヒーローのように糸を吐き、敵の動きを封じてくれた。あの時は正真正銘、俺とモスの2人で協力して勝利できた初めての瞬間だった。



「如月くんすごい! それに、そっちのモスくん? もカッコよかった!」


 それからリンカは俺や、特にモスと仲良くなり、事件に巻き込まれることがあると毎回カレーと特製サラダを作ってくれた。




「お前はあのサラダが大好きだったからなぁ。最近繭にこもりっぱなしだし、そろそろ食べたい頃合いじゃないか?」


 するとピクンッと繭が動いた、ような気がした。


「……ははっ! そうだよな、時間的にもそろそろ腹が減ったよな」


 早く帰ってご飯にしよう。今日帰ったらとっておきの料理を作って待っていてあげる、とリンカも言っていた。


「行くぞっ……いち、のに、さん!」


 勢いよく倉庫の扉を開くと、その瞬間にエイリアンが入り込んでくる。

 俺はその2体めがけ、4発ずつ銃弾を撃ち込んだ。


「ガッ、アガァ……! アガガッ!」


 見事に1発ずつエイリアンの頭に命中。だが奴らはこの程度で死んだりはしない。


「行くぞモス! さっさと出口を目指そう!」


 2体のエイリアンを蹴散らし、大きな繭を抱えて再び廊下へと走りだす。

 幸いこの階にはもうエイリアンはいないみたいだ。


「よし、ここから下に降りよう」


 建物中央の階段からなら出入り口に一番近い。この建物さえ出てしまえば外は森。夜なこともあって、逃げ込めれば生存率は大きく上がる。

 だが現実はそう上手くいかない。踊り場を曲がった瞬間、1体のエイリアンと目が合った。


「ミツケタ! ミツケタミツケタミツケタ!」

「やばい、下にはまだ大勢いるのかよ!」


 エイリアンは羽をカチカチ鳴らして仲間を呼ぶ。これでもう1階には降りられなくなってしまった。


「くそっ、じゃあ屋上から脱出装置を使って逃げるか」


 この建物は外敵からの襲撃に備え、屋上にも脱出用滑り台がある。

 だがエイリアンたちの足は速い。このままだと屋上に着く前に追いつかれてしまう。


「一旦3階でやり過ごすか……よいしょ!」


 火災時に使う防火扉を閉め、エイリアンたちの侵入を防ぐ。この階段は使えなくなるが、ほかにも屋上まで上る道はある。


「もう少し、もう少しで脱出できるからな。モス」


「しかし、もう味方は誰一人いないのか? 物音はほとんどしないし……」


 下にはたくさんのACD隊員たちがいたはずだ。襲撃当初は激しい銃撃戦が行われていたが、今はそんな音一つ聞こえない。

 乗り込んできたエイリアンの数は圧倒的だ。もうみんな食われつくしてしまったのかもしれない。


「水嶋さん、永野さん。どうか生きていてください!」


 幾度となくエイリアン事件に遭遇していた俺たちを守ってくれたのは、ACDの水嶋と永野だった。


 3階を走り抜けていると、刑務所のように独房になっている部屋が並んでいる。


「俺がモスと生活していたのがバレて、この本部に捕まったこともあったっけ」


 ある時一度、俺はACD本部に連れられ、ここに身柄を拘束されたことがあった。




「如月レイさん。こんなところに閉じ込めておいてなんですが、私たちはあなたのことを信じています」

「うちも、レイさんが悪い人だとは思っていません!」


 面会用の強化ガラス越しに、水嶋と永野ははっきりとそう言ってくれた。


「レイさんがいなければこの国は多数の有害エイリアンを生み出し、大パニックに陥っていたことでしょうね」

「今はちょっと精密検査を受けさせられているだけだと思っていてください。相棒のモス君、でしたかね。も安全な場所に隔離されています」


 モスや友達から離され、長い拘留生活の中で2人が面会に来てくれるのは心の支えだった。

 しばらくは毎日穏やかな顔で面会室を訪れ、何気ない会話ばかりしていた2人だったが、ある時真剣なまなざしで俺に話しかけてくることがあった。


「レイさん、あなたには2つの道があります。1つ目はこのままエイリアンのことは黙認し、誰にも告げずモスくんとも別れて生きていくこと」

「2つ目はモスくんとともに、我々ACDの隊員として戦い続けること」


 普通の人生を歩む。それが俺の一番の望みだった。その道を選べば、もしエイリアンが襲ってきても陰ながらACDが守ってくれるという。

 だが俺にはもうモスと別れ、エイリアンが地球を闊歩しているこの現実に目や耳をふさぐことはできなかった。


「……モスと俺は相棒です。死ぬまで一緒にいますよ」

「いい返事です。今日からあなたはACD所属になります」


 それから俺はACDの一員としてエイリアンに対処する仕事についたのだが、その先はなかなかハードな日々が待っていた。

 大学を辞め、仲の良かった友達とも別れただ訓練に励む日々。エイリアンとはいえ敵と戦う戦士として徹底的に教育された。


 すべてはモスという相棒を守るためだった。

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