杏仁豆腐を奪うタイプの小娘探偵とおっさん

新棚のい/HCCMONO

杏仁豆腐を奪うタイプの小娘探偵とおっさん

 目の前の小娘は俺のトレーからガラス器を奪って中身を吸い込んだ。汁まで飲み干してから言った。

「食べないんならください。杏仁豆腐」

「食べる前に言う台詞だろ、それ」

 わざと眉間に皺を寄せて睨んでも、小娘はまったく無表情のまま。

「承認が事前でも事後でも結果は変わりません。あなたは杏仁豆腐を食べない。だから私が食べる」

 断定されるのは腹立たしい。普段なら杏仁豆腐なんか食べないが、食べないと断定されると逆らいたくなる。

「俺は杏仁豆腐を食べたかったんだが」

 そう返すと、小娘は目を見開く。

「激辛麻婆咖喱を好んで食べる高齢男性が激辛麻婆咖喱と相反する杏仁豆腐も食べるとは知りませんでした」

 小娘に謝る気配は無かったし、実際にも謝っていない。それどころか今はふんぞり返ってジョッキの烏龍茶を一気飲みしている。

 俺は高齢ではない。まだ定年まで20年ある。せいぜい中年だ。だが、小娘からすればジジイは一括りなのだろう。

 そう考えている間も小娘はジョッキを傾け続けている。息しろよ。

 ようやく空のジョッキが机を叩くと同時に小娘は瞼を閉じて唸り始めた。

「しかし、やっぱり変なんですよね」

 小娘の考え事を邪魔してはいけない。お偉方直々の命だ。逆らえば離れ小島に飛ばされて、定年まで帰れなくなるらしい。少なくとも前任者は未だに帰ってこない。

「あの年齢の女性が階段から転落して骨折までは比較的あり得る話です」

 まぁ、うちのお袋の長電話でも聞かされる話だ。そう相槌を打とうとして、離れ小島が脳裏を過った。

 危ない。前任者と同じ轍を踏むところだった。小娘の独り言を遮ってはいけない。

「ですが、あんな呆気なく死ぬとは考えにくい。やはり事故じゃないと思うんですよね。しかし、家族全員にアリバイはありますし、誰も嘘はついていません。それは私が確かめたので間違いありません」

 小娘は自信満々に言った。人型の嘘発見器を自称するだけの自信はあるようだ。

「かと言って外部の人間が犯人という可能性もありません。犯行が行われたのは平日の日中です。犯行現場は目の前が児童公園、近所の住民の誰も、その時間の前後に出入りする人間を見かけていません」

「じゃあ、犯人は人間じゃないのかよ」

 しまった、うっかり口を開いちまった。小娘は途端に片側の口端を上げて薄気味悪く笑いだした。

「ええ、犯人は人間じゃないです!妖怪です」

 待て。その台詞、ここ一年で17回は聞いた気がするんだが。

「えーと、この話、止めろ?」

 しかし小娘の舌は止まらない。

「やだなぁ、犯人は凶骨じゃないですって! とはいえ、怨念が原因なのは似たようなもんですが。普通に怨霊ですよ。生霊と死霊合わせて百万人前くらいの。被害者はいわゆる金も命も巻き上げる類のカルトの教祖でしたからねぇ。そりゃあ殺されても無理はないですよ。まぁ、私なら階段から突き落とすなんて平凡な殺し方はしないで、濡れた服着せて真冬の屋外に吊してじっくり殺したいところですね」

 地味に嫌な殺し方だ。この小娘を敵に回したくない。

「すいません、胡麻団子三人前追加で!」

 さっき杏仁豆腐奪ったくせにまだ食うのかよ……。

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