日記のありか
「あ、広瀬くんわかったんだ」
気付けば杜さんはにやにやとぼくの顔を覗き込んでいた。勝手に人の表情を読み取るのは止めていただきたい。
ふと窓の外を見れば日もかげりを帯び始めている。
「……」
放課後の教室。何だか少し肌寒くなってきた気もする。この状況で長居をさせるのもあまり紳士的でなさそうだ。
ぼくは視線を戻してから咳を払った。
「うん。杜さんから聞いた話の中に一つ不可解なところがあったね」
「不可解?」
杜さんはまるで心当たりがないのか首を傾げた。
「ほら。杜さんは数学の宿題で教室に残っていたけど、そもそも男子は何をしていたんだっけ?」
「それは……英語の追試課題。辞書を使って」
「そう。作業を分担していたんだ。だからさ、辞書は二冊使っていたんだよ」
「うん、そのはず。わたしそう言ったし……」
まあ、それはそうだけど。
「それでさ。杜さんがカバンを見た時、一人のカバンは空っぽで、もう一人のにはグニャグニャになった英和辞典があったんだよね?」
「うん。でも辞書がなくても窓際にあるから困らない」
「あー、そうじゃなくてさ杜さん」
ぼくは言う。
「その男子生徒は辞書を使っていたんでしょ?」
「そうだけど……あ!」
言っていて気付いたのか一瞬後、杜さんの顔色が青ざめていった。
そう。
二人組の男子は一人一冊ずつ窓際の辞書を使っていた。
つまり初めはどちらも辞書を持っていなかった。
それなのに帰る時には一人のカバンには辞書が入っていた。
「カバンの英和辞典がぐにゃぐにゃに曲がっていたのはケースがされていなかったから。だけど冷静に考えればさ、辞書をケースなしで持ち歩くなんて考えられないね」
ケースがなければ辞書は当然よれてしまう。
「だからつまり……」
いや、この先は言うよりも行動で示した方が早いだろう。
ぼくは窓際の下に並んだ辞書を一つずつ持ち上げた。課題で使っていたのは英和辞典。
ぼくの考えが正しければ……。
「お……」
明らかに軽く、密度のない感触に思わず声が出てしまった。
手にしたケースを返してみればやっぱりだった。
辞書のケースの中に革張りの手帳が入っていた。
上下左右と前方の五面からはわからないけど、ぽっかりと空いた後方部からはよく見える。
後ろで様子をうかがう杜さんにケースの中を見せると、
「あら」
感嘆の声が聞こえた。
「ここにあったのね……」
杜さんの表情は日記を見つけた安堵からか、ぼくには若干に華やいでいるように見えた。
持ち出しと物理的な消失の線がない以上、日記の場所は教室以外に他ない。それも杜さんの退出から三十秒で行なうとなれば自ずと場所も限られる。
その結果、ここに隠したと。
「……」
別にぼく自身、どこぞの犯人に対して恩義や怨恨があるわけではない。だからわざわざ口にはしないけど、ここに日記を隠したということは……きっと犯人も日記を返す気でいたのだろう。
なにせここの辞書は自由に使える。こんなところに隠しては遅かれ早かれ見つかるのが良いオチだ。だからきっと週明けの月曜……たぶん朝一番にでも登校して、机の中に返す気だったんだ。
何事もなかったかのように……。
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