雪の上

柊なのは

雪の道

 毎年、この季節になると窓から外を見て、私も外に出てあの白い雪の上を歩いてみたいと思う。


 けれど、私は、雪の上を上手く歩けないだろう。


 雪が降った日は1人で家から出ることができない。自分1人で動けない自分が私は嫌いだ。自由に自分の行きたいところに行けたらいいのに。


 栞を挟み、読んでいた本をゆっくりと閉じると私は静かに立ち上がり、コートを羽織る。


(少しだけ……外の空気に当たりましょう)


 マフラーを首に巻き、手袋を両手につけると玄関へ時間をかけてゆっくりと向かい、靴を履く。


 昨日から始まった冬季休暇。まだ始まったばかりだが、このまま家で引きこもっていると運動不足でもっと動けなくなる気がする。


 靴を履くと杖を手に取り、ドアを開けた。冷たい風が吹き、手袋をした手で髪の毛を抑える。


 私が住む場所はマンションの10階で下へ行くにはエレベーターを使って降りる。


 エントランスに着き、外へ出ると冷たく強い風が当たる。


 目の前は真っ白の景色が広がり、はぁ~と息を吐くと白い。


(私の歩ける場所はここまでですかね……)


 マンションの前でずっと立っていると風邪を引くので家に戻ろうと思ったが、少しだけ歩きたい気持ちがあり、この場に立ち尽くす。 


(少しだけ……少しだけなら……)


 周りに誰も助けてくれる人はいないが、少しだけ歩いて戻ってくるなら大丈夫なはず。


 一歩目を踏み出し、雪の上へ。ここはそこまで深さはないが、雪の上を歩けたことに喜びと嬉しさを感じた。


(ふふっ、まるで子供ですね……)


 一歩歩き始めるとそこからは私は前に前にと進んでいく。


 雪で少し歩きにくいが、杖をついて歩くこと事態慣れているので思ったより歩くことができている。


 気付いたら人通りのあるところまで出てきており、この辺りで引き返すことにする。


 後ろを振り返り、来た道を戻ろうとすると雪で見えなくなっていた段差につまずきバランスを崩した。


(あっ……)


 転ぶかと思い、目を閉じたが、私の体は誰かに支えられ、転ばずに済んでいた。


「大丈夫?」

「……は、はい」


 耳元で声がして私はゆっくりと目を開けて視線を少し上にやる。するとそこには知らない人で私と同じくらいの歳の男の子がいた。


 体重を全て彼に預けてしまっていたので、すみませんと言ってゆっくりと自分の足で立つ。


「助けていただきありがとうございます」

「どういたしまして。怪我はない?」

「はい、お陰様で」


 ニコッと微笑み、大丈夫だと伝えると彼は「良かった」とホッとしたような笑みを浮かべた。


「また転んだりしたら危ないからついていこうか?」

「いえ、大丈夫です。私は1人で───」


 そう言ってこの場から離れようとするとまたバランスを崩してしまい、彼に助けてもらう。


「っと、言ったそばから危ないけど」

「雪、積もりすぎです」

「雪に文句を言ってもなぁ……やっぱり行くところまでついていくよ」

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお願いします。行き先は真っ直ぐ向かってあのマンションです」


 ここから見えるのでマンションを指差すと彼はわかったと一言。


 危ないと思ったらもたれ掛かってきてもいいと言われたが、私はそうはならないようゆっくりと転ばないよう慎重に歩いていく。


 彼は私の歩幅に合わせてくれていて、気に掛けてくれている。


 お互い初対面のため会話がなく無言な状態が続く。


 名前も知らない相手に自分のことを知られたくない、どうせたった少しの時間だから相手のことを知っても意味はない、そう心の中で思っているから話そうと思えないのかもしれない。


 信号が赤になり、足を止めると隣にいる彼は私のことを見た。


「人違いだったらさあれなんだけど、もしかして本好きだったりする?」


「本……ですか?」


「うん、本。俺、よく学校の図書館に行くんだけどそこでたまに見かける人が君に似てるんだ」


「ふふっ、でしたら私かもしれませんね。本が好きでよく図書館に行ってますから。私はこの近くの高校に通ってますよ」


「俺も。なら同じ高校だな」

「ふふっ、おそらくそうですね」


 1人で歩いていた時とは違う。彼が隣にいるだろうか。安心して雪の上を歩ける。


 誰かが隣にいるだけでこんにも安心感があるなんて思わなかった。


「ところで、どこか行く予定だったのではないですか? 付き添ってもらえるのはとても嬉しいのですが、何か用事があるのでしたらそちらを優先してくださいね」

「大丈夫。帰るところだったから」


 彼は心配しなくても大丈夫だとニコッと爽やかな笑みを浮かべた。


 2人で雪の上をゆっくりと歩いているとケーキ屋さんの前を通りかかる。


「そう言えば今日はクリスマスでしたね」

「だな。クリスマスだからって俺は特別なことはしないけど」

「ふふっ、私もです。ケーキを食べてパーティーをする方もいるみたいですね」


 クリスマスだからと言って特別なことはしない。ただ普通の1日を過ごすだけ。


 しばらくクリスマスの話をし、気付けばマンションの前に着いていた。


「ありがとうございます。お話しできて楽しかったです」


「どういたしまして。俺も楽しかった。学校で見かけたら話しかけてもいい?」


「……はい、お会いできたその時はまたお話ししましょう」


 初めて話したはずなのに緊張しなかった。また会って話したい……そう、彼と同じことを思った。


「名前聞いてもいい?」


「名前は桜小路雪です。あなたは?」


「石見凪。じゃあ、また、桜小路雪さん」

「えぇ」


 ペコリと軽く会釈し、背を向けると私はゆっくりゆっくりとマンションの中へと入っていく。


 後ろを振り返り、彼がまだいるかとガラス越しに確認したがもういなかった。


「また会えるといいですね……」



***



 図書館に行くといつも端の席に座って本を読んでいる女の子がいる。


 セミロングの綺麗な髪に横から見る彼女はとても綺麗だと思った。


 気になる、けど、急に声をかけたら怖がられるのではないかと思い、話しかけることはできなかった。


 12月25日。彼女を偶然見かけて、家まで送ることになった。勇気が出ず、話せなかったが、話すタイミングが出来た。


 桜小路雪さん。雪という名前が彼女にとてもよく似合うなと名前を聞いた瞬間に思った。


 冬休みが終わり、学校が始まった。彼女に会いたい。あの場所へ行けば会えると思い、図書館へ向かったが、彼女の姿はなかった。


(明日、また来てみるか……)


 明日、また明日にと毎日のように図書館へ行ってみたが、彼女の姿を見かけることはなかった。


「また……か……」


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雪の上 柊なのは @aoihoshi310

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