第2話 女神の加護が目に見える世界

 白と黒の髪、巫女のような服を着た少女。

 白と黒からシクロと名付けられた彼女は神様だ。

 その隣に立つのが俺で、向かいに立つのは完璧なんて超越した金髪の美女。


「合体した…世界?」

「そうじゃ。合体した世界。ワシの世界なぞ、ワシしかおらんからの」

「…っていうか、俺って確か、ゲームやってたような?んで、脇腹つまようじ死っていう変死をして。…え?」


 ここがどこか、なんて分からない。

 とにかく真っ白な空間で二人が立っていて、一人が座っている。

 そして、俺は我が記憶を疑った。

 一体、何故ここに居るのかさえ思い出せない。


「それはのぉ…」

「ちょっとちょっと。なーに、二人してアタシを無視してるわけ?」

「えっと…。どちら様でしたっけ」

「レイ、さっきから何度も言っておろう。彼女は」

「キリアだよ。それよりそんな感じで大丈夫なのかい?」


 息を呑むとしか表現できない造形美だから、呆れた顔さえも人間の想像をはるかに超える。

 そんな俺の心を読んだシクロは、思い切り俺の足を踏んで肩を竦めた。


「だ、大丈夫じゃ…。じゃなくて、…です。ウチの世界では結構…。ん?まぁまぁ…か?えー…っと。ね、ご主人?」

「なんでご主人?神の威厳が迷子になってんぞ‼」

「仕方ないもん。神としてずっと先輩だし…」


 神である以上、白黒女神シクロも完璧。

 とは言え、二人には違いがあった。

 簡単に言えば美女と美少女で、ジャンルが違う。

 そんな大人の女神は面倒くさそうに前髪をかき上げた。


「で、どうするの?今ならギリギリねじ込めるんだけど」

「お、お願いします!レイはきっと出来る子なんです!」

「そ。それなら──」


 俺は目を剥いた。

 女神シクロはどうしても異世界に行けと言う。

 それはさて置き、女神二人での会話が始まったのだが、そこから先は殆ど聞き取れなかったのだ。

 確かに口は動いているし、確かに音は聞こえる。

 言語のようにリズミカル、だがつんざくような雑音。

 そんな中で、1つだけ聞き取れたのは奇妙な話だった。


「レイが1からやり直せるなら──」


 シクロから漏れ出た、というよりウッカリ言ってしまったのかもしれない。

 それ以降はマジで耳を塞ぎたくなる騒音に変わってしまった。

 だって、俺の体は形はそのままだが、構成要素は人間のモノ。

 自分でも何が言いたいか分からないし、あっているか分からないが、多分分子レベルで入れ代わっている。

 神の声など聞こえる筈もないのだ。


 会話の終わりくらいには、鼓膜が何枚も破れていたに違いない。

 ソレでも流石は神。


「ふむ。いくつかの記憶は封印させてもらったよ。流石に世界が違うんだからね」

「わ。ビックリした!」


 何もなかったかのように会話が始まる。


「ぼーっとしないで。ちゃんとキリア様の説明を聞きなさい」

「よく分からないけど、異世界転生…か」

「いや、違うぞ。シクロの望み通り、お前は召喚される。説明は召喚されてから、現地の人間に聞け」


 実は神々との会話はこの程度だ。

 何せ、ここに居る二人は『リラヴァティ』の外側の存在なのだ。


 そして重要なのは神様との会話じゃない。


 俺は多くの記憶を失って、新世界に召喚された。


 つまり、俺にとっては初めての異世界旅行と変わらない、ということだ。


     ◇


 この世界は基本的に薄暗い。

 太陽の神さえ、悪に染まったのだから暖かく照らしてはくれない。


「や…った。召喚できた!」

「やっとウチからも異世界人アウターズを生み出せたのですね‼」


 とは言え、最高神アルテナスは光の女神。

 人々が灯りを失うことはない。

 なんでって?そんなの俺が知る訳ない。


「あの」

「ようこそ、『リラヴァティ』へ。英雄の卵さん」


 如何にも魔法使いな外套を纏った人々に迎えられ、この世界で起きていることを何となく聞かされる。


「夜になれば、より明確に分かります」

「何せ、アルテナス様のお星以外、禍々しく赤黒く、不気味に輝いておりますから」

「主神以外の神々が、我らをお試しになっているのです」


 しかも、暗闇から魔物まで現れるという。

 これが何度も繰り返されてきたから、文明が停滞しているらしい。

 勿論、それ自体もただの定型文の可能性がある。


「つまり異世界の魂でないと邪神には立ち向かえない…か。でも、俺は別に」

「レイ様にはその力があります」

「ヨハネス第十三支部の方から、と間違いなく伝えて下さいませ」


 薄暗いがよく見ると色々とくたびれた部屋だった。

 そしてどうやら、彼らには彼らの事情がある。

 世界を救った英雄と、その生誕の地には当然かもしれないが、社会的な地位や名誉が与えられるらしい。


「はぁ…。一応頑張りますけど、俺みたいなのが三十人も居るんですよね。なんか…、その」

「大丈夫です!打ち負かすべき邪神はそれ以上おりますから」

「ですので、効率的に振り分けると言われています」


 これは道中で知るのだが、召喚組と転生組とでは扱いが大きく違うのだ。

 転生組は十五年近く前に生まれている。

 言動が不確かな数年を除いても、十年は大切に育てられるのだ。

 こんな壊れかけの家屋に住まわされることはあるまい。


「えっと…。ここから森を左手に見ながら、真っすぐ。森には魔物が出るから絶対に迂回…。魔物が出るなら、俺がどうにかしないとってなる場面…じゃないんだ」

「それは──」


 多分、管理も行き届いていない教会。

 もしかしたら、既に教会の機能も果たせていない寂れた場所で、俺は軽く目を剥いた。

 何を言われたかは、もう直ぐ分かるから言わないけれど、成程確かに洗礼式とやらが行われる聖堂に向かう必要があった。


「ということで、ヨハネス第十三支部の方!からと受付の方に伝えて下さいませ!」


     ◇


 そして今に至る。

 というより、ここからが本番だった。

 俺は『スカ!』と書かれたような気がした紙を破り捨てて、皆の後を追う。


「会場へ移動…?あぁ、洗礼式がどうとかってヤツ…か」


 一人で大丈夫と言おうとした手前、斜に構えて歩き出すが、内心は決して穏やかではない。

 しかも、その理由も察しがつく。

 

「おまえ、名前は?」

「え…。レイ…だけど」

「ふーん。普通だな」

「当然じゃないか。彼は召喚組なんたからさ」


 彼らは転生組、ということは大切に育てられた。

 その一方、俺は滑り込み参戦で、古ぼけた教会らしく建物で、彼ら曰く「運良く」召喚できたアウターズだ。


「本当に十三支部があるのか怪しい…。ってことは」

「何をブツブツ行ってるの、レイさん…って呼ぶべきかしら」

「それは言わない約束だぞ、ロゼッタ」

「そうだね。ここでは皆同い年だよ。だよね、レイ」


 ここは俺が知っている異世界じゃない。

 とは言え、確かにその手の作品も多い。

 世界人口を考慮したら十分だけど、一つの場所に集められたら特別感なんて味わえない。


「あ、あぁ。数えで十七歳の体だって聞いてる。妙な気分だけど」


 そして更に、優越感を微塵も感じられなくなる場所に通される。

 五百年前に世界を救った英雄の子孫達だ。

 これは後から聞かされる話だが、彼らは先祖に倣って職種を選択する。

 だから、最初の会場は別だったらしい。


「なぁ。レイは何をするんだ?」

「え…。えっと…」

「ははぁん。どうやらハズレを引いたのね」

「まぁ、気にするな。俺たちでどうにかしてやるからな」


 あのガチャに意味はない。

 そうじゃないと、意味が分からない。

 何より、五人の職業がそう言っている。


「ても、一応知っておいた方がいいんじゃないかな…」


 彼らは元から五人で行動する予定だったし、言ってみれば余りガチャを引いている。


 だけど、ちゃんとバランスが良い。


「と、盗賊…だよ。だから」


 ──アレは出来レースだった、と俺はこのソワソワを呑み込んだ。


「成程な。確かに大きな声では言えない」

「でも、冒険者パーティにはありがちだよね」


 だから、嘘をついた。

 ケンヤの言う通り、彼らのパーティは完成しているように思えたからだ。


「ふーん。なんか胡散臭いんだけど…」

「そ、そうかな…。やっぱり」

「…アタシ達の許可なく盗みを働いちゃ駄目だからね」

「あ…、そういう意味か」


 そしてこの嘘は成立する。

 だって、職業ガチャをしただけだ。

 十三支部の方にいる人達の期待もある。

 ちょっとくらい成果を上げたい気持ちがないわけじゃない。

 この世界で成さねばならないことがある。


 でも今は、そんなのどうでも良くなるくらいの圧倒的な不安に襲われていた。


「頑張ってついていくから…さ」

「え…っと、ヨロシク…ね。レイ…君」


 だから、状況が早く出来るまで彼女たち五人について行くことにした。


 ただ…


「異世界の魂を持つ若人よ!異世界の魂を引き継ぐ若人よ!」


 ここからが本番だった。

 まるでゲームみたい世界の本領が発揮される瞬間だった。


「え…、何?」

「し!後で説明してあげるから、今は黙ってなさい」


 背中を見ながら歩いた先で、俺は大きな女神の像を見た。

 最初に見せられたのが面妖なガチャマシーンだったから?


 いや、違う…


「光の神であり、全ての長であるアルテナス様に祈りを捧げなさい!!」


 十三支部の方にいた方々が、行けば分かると言っていたこと。

 ここに来なければ英雄になれないこと。

 その理由が明らかになる。


「レイ。こうやってみて」

「あ…、うん」


 俺が目を白黒させていると、ショウが耳元で教えてくれた。

 顔を上げて女神のご尊顔を拝みながら、両手を真上に掲げるだけだけど。

 これは後から知る話だが、その方向に主神アルテナスの星があり、この世界の星空はアルテナスを中心に回っている。

 昼も夜も関係なく、そこに星があるのだ。


「わ…。凄い…」


 と言ったのは、ショウの反対側にいたユリ。

 確かに何かが降っている。

 ソレが両腕を伝い、体の中に流れ込む…気がした。

 何より


「は?なんだ…、コレ」

「コレがアルテナス様の加護…か。クー!この日をどれだけ待ったことか」


 目で見て分かるのだ。

 周囲の若人の体が一斉に輝きだしたのだ。

 そして壇上に立つ、着飾った老爺が叫んだ。


「この瞬間、皆様はレベル光女神の加護を授かりました!」


 アルテナスは世界が闇に包まれると、異世界の魂に向かって力を授ける。

 それが視覚的に確認出来るのだから、百人以上いた全員が自分の力を確信した。

 英雄となって、邪神たちと戦う使命を持つと自覚した。


 更に老爺は言う。


「皆様は今、レベル1になったのです。大いに戦い、多くの経験を勝ち取ってください!一定の経験値が溜まれば、アルテナス様は再び加護を授けます。レベルが上がれば、腕力と魔力が更に増すことでしょう。世界を頼みましたぞ!!」


 これがリラヴァティという世界だ。

 ゲームではないのに、まるでゲームのようなシステムが採用されている。


 しかも異世界の何かを持っている者だけが受け取れるレベルという名の加護。


「英雄の卵の皆さん!初期装備はコチラに揃えております」


 大聖堂の入り口、背中の方から職員の声が響く。

 俺はやはり同じで、5人の背中を追うだけだった。


 しかもあのガチャは、あの嘘は何だったのか、と首を傾げて盗賊用の装備を受け取った。


「最初は青銅の剣かよ」

「本当にゲームみたいね。アタシもケンヤと同じ何だけど、職業って意味あったの?」

「一定のレベルに達したら転職は可能だし、あのガチャは進行をスムーズにする為の儀式だし、多少はね」


 仲間…とまでは言えないけど、彼らの言葉に胸を撫で下ろした。


 だけど、俺はまだ知らない。


 本当の苦難はこれから始まるのだ。

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レベルシステムでヌルゲー化したゲーム風異世界だってさ。俺以外は、ね。 綿木絹 @Lotus_on_Lotus

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