レベルシステムでヌルゲー化したゲーム風異世界だってさ。俺以外は、ね。

綿木絹

第1話 異世界人が集まるゲーム風世界

「えっと…。今年で十七歳になる予定です」


 青年は見上げていた。

 首の骨が折れないか心配なくらい見上げていた。

 そこには壮年の男が居て、欠伸をしながら書類を眺めている。


「銀髪のあんちゃん、何処出身だい?アルテナ出身には見えねぇけど」

「あのぉ…。そこに書いてあると思いますけど、ヨハネス第十三支部のから来ました。レイと申す者ですが…」


 銀髪の青年はやはり見上げながら、作り笑顔を受付の男に向ける。

 すると男は面倒くさそうに毛髪のない頭を掻いた。


「あー。そっち系…か。これはこれはようこそいらっしゃいました。人ごみの多さに仰天したことでしょうな」

「そ…、そうですね。何時間待たされるのかと…」

「済まねぇな、あんちゃん。では、ずずいっと奥の方へ。えっとぉ、左の扉から入ってくんねぇですか」


 身長2mくらいか、それとも下駄でも履いているのか、受付カウンターが異常に大きいのか、顔の位置がかなり上にある。

 どれも正解じゃないと計算が合わない男の話し方は、教会の人間とは思えない。


「ども…」


 レイは胡乱な目つきをせぬよう気をつけながら、左側の扉へ向かった。

 扉と言っても、パーティションの切れ目に片開きの板をつけただけ。

 そこに居たのは、少しふくよかな中年の女性で、彼女は窮屈そうに正装を纏っている。


「済みません。こっちにって言われたんですけど」

「あら。ヨハネス第十三支部からね。ようこそ、聖者の街メリッサへ。今日はどちらにお泊り?」

「ど、ども…。えと、まだ決めていませんけど」

「だったら、ウチがおすすめよ。メリッサ通りで一番大きいんだから」

「か、考えておきます」


 メリッサはフィーゼオ大陸の北東部に位置しており、フィーゼオ大陸も世界の東側に位置している。

 つまりここは世界の端っこ。


「正面から出て左側だからね‼」

「わ、分かりましたぁ」


 仮設テントを抜けると、再び仮設テントがある。

 どうやら、今回の成人の儀式はいつもよりも参加者が多いらしい。


 と言っても、理由はハッキリしている。


「右と左で別々ってことは、こっちが召喚された人間の儀式か」


 仮設テントと言っても、なかなか機密性があるらしい。

 入った瞬間、空気がガラリと変わった。

 奥にある教壇は、今までとは違って荘厳なモノ。

 ただ、目には居るのは年頃の男女、その人数は30を越える。

 その中の十人ほどが睨んでいるから、空気が悪い。


「ど…、どうも…」

「チッ」

「トオル、止めなって」

「だってよぉ。アイツのせいで俺達は三時間も待たされたんだぜ」


 レイは軽く目を剥いて、ぺこりと頭を下げた。

 するとトオルという名の青年は肩を竦め、隣の少女に向き直った。

 その隣に居た長身の男が今度は手を振った。


「気を悪くしないでくれ。俺達、転生組は年単位で待っていたようなものだからな」

「あ…、そか。悪かった。道中混んでて」

「えー、重要な会議は前日入りが基本でしょ。アタシは召喚組だけど、余裕で間に合ったし」

「え…、前日?その、だからゴメ…」

「ロゼッタもそこまでだ。司祭様がお待ちだぞ」


 異世界召喚組と異世界転生組が居る。

 ヨハネス第十三支部で召喚された後、その話は聞いていた。

 ただ、流石に異様な光景だ。ここに居る全員が他所の世界から集まっている。

 それを是とする世界がここ。リラヴァティという名の異世界。


「もう良いかな?全員揃ったことですし、早速儀式を始めましょう」


     ◇


 司祭長の話は長々とした世界の話だった。

 最高神アルテナス以外の神が、全て邪神に変わってしまったという、超絶にヤバい状況。

 そして、この世界生まれの希望の光では邪神を沈めるのは不可能という話。

 ただ、過去に何度も同じことがあったらしく、異世界人の血を持つ現地人も多く住んでいるとも語った。


「なんて緩い世界だよ…。異世界人が珍しくないとか、常識的に在り得ないっしょ」

「ほんとね。転生した私が言える話じゃないけど、異世界人の子孫も大勢住んでるし」


 朗々とした演説の後の休憩時間に、そんな会話も聞こえる。

 レイ自身がそうであるから、彼や彼女も異世界産に違いない。

 しかも、一所から一斉に転移したわけではないのだから、どうなっているんだと頭を抱えたくなる。


「ねぇ。アンタって本当に召喚組なわけ?」

「へ?」


 そんな中で耳元で女の声が囁かれた。

 特に静寂だったわけではないが、銀髪がフワッと浮いた。


「ヨハネス第十三支部で召喚されたって話でしょ。あそこは遠いから遅刻した?」

「ん…と。そっか。確かに遠かったかも?しかも、大渋滞で歩いた方が早いって途中で馬車を下ろされたし」


 レイの隣に座っていたのは、数えで十七の少女だった。

 肩より少し長い髪、翠の瞳の女の子だ。


「へぇ…。それ、本当かしら」

「本当…だよ。なんなら確認をとってもいい」


 彼女が先ほど軽く突っかかったのには意味があった。

 ただ、レイが喋る前に解決する。

 彼女の向こう側に座っていた栗毛色の青年の出番だった。


「ロゼッタ。だから言ったでしょ。召喚される時、体はこっちの世界用に作り替えられるって」

「それ、本当なの?アタシは聞いてないんだけど」

「言い伝えにちゃんと残ってたでしょ」

「そうだっけ。だったらどうしてクリプトはチビ眼鏡になったのよ」

「し、仕方ないじゃん。キャラメイク苦手だし…。それに」


 ロゼッタが、レイの遅刻理由を疑ったのは、隣とその隣に二人の会話から読み取れる。

 銀髪の彼は軽く息を吐いて、正面に向き直った。


「キャラメイクか…。本当にゲームみたいな世界…。でも、…アレに比べたら」


 先ほどまで司祭が立っていた壇上の奥に、巨大な物体が鎮座している。

 偶像崇拝オッケーな世界だから、アレは崇めている神の像…、なんて思える筈がない。


「なんでガチャが祭られてるんだよ。しかもアレってガキ向けだよな」

「ケンヤ君。アレは収斂進化しゅうれんしんかみたいな感じ…かな」

「はぁ?なんだよ、それ。どう見たってそのまんまだし」

「えっと…。収斂進化っていうのは」

「まん丸い容器をランダムに出すんだから、こっちの人間でもアレを思いつくってことだよね、ユリちゃん。勿論、ボクたちのご先祖様のアイディアがないとは言えないけど」


 既に居なくなってしまった司祭長の話を信じるなら、神々の邪神化は異世界人によってくい止められている。

 ただ、アルテナス教会の巨大な機械より、周囲の会話の方が異常である。

 銀髪の彼がはぁと溜め息を吐くと、即座に三白眼がいくつも突き刺さる。


「んだよ、てめぇ。俺がバカって言いてぇのか?」

「……」

「おい。てめぇ」

「って、俺?いやいや。俺も呆気に取られてただけだから、それにほら。こ、怖くない?これから何をされるんだろって…」


 レイは必死に首を横に振って、焦燥を装った。

 すると、睨んでいた目がにやけ顔に変わった。

 突っかかる彼の名はまだ分かっていないが…


「おい、ショウ。説明するならコイツの方がいいんじゃねぇか?まだ、そこ?って感じだぞ」

「ちょっとちょっとケンヤ君。ボクは説明係じゃないんだけど…」


 金色髪の青年が渋々顔で語りだす。

 そして、銀髪は軽く目を剥いた。

 驚いた理由はあの・・巨大ガチャガチャの説明に、ではない。


 ——名前では転生組か、召喚組か分からないということに、だった。


「みなさーん。そろそろ始めますのでお静かにお願いしますよー‼」

「って、ほら。ボクが話さなくても良かったじゃん。百聞は一見に如かず、ってね」


 ショウは興醒めた顔で向き直り、レイも漸く衆目から解放される。

 確かに、彼の言う通り説明なんて要らない。

 だって、教会職員の号令を合図に異世界人たちは列を作り始めたのだ。

 前世の記憶を持っているのなら、いや持っていなくても前世的本能に従ってにやってしまう。


 ただ、何も考えずに列に並べばよい。とは言え…


「おっしゃ‼この日をどれだけ待ってたことか‼なぁ、ユリ‼」

「ケンヤ君…、声が大き」

「んだよ。ユリだって楽しみって言ってただろ」


 近い席だったから、列に並んでも近いまま。

 離れようにも、せいぜい彼らの後ろに並ぶくらい。


「あの…、先にどうぞ」

「え?」

「そうだね。ボクたちは最後が良いかな」


 けれど、その五人の中のユリという少女が足を止めた。

 因みに五人の中には、あの赤毛の少女ロゼッタの姿もあった。

 銀髪青年は特に断る理由もない。だから、肩を竦めて彼らの前に並んだ。

 ただ、その直ぐ後のこと。


「はい。ここまで」

「へ…?」


 教会関係者の手で道が塞がれた。

 加えて、後ろからは溜め息も漏れる。

 銀髪の彼が首を傾げていると、茶色髪の青年が舌を鳴らした。


「はぁ?五人一組じゃないのかよ」

「最初に言われましたよね、丁度三十人って」

「私たちもそう聞いていたのです。ですが、先ほど一名が本殿からこちらに回されたのです。とは言え、流石に一人だけ残すというのは…」

「俺達は態々、最後を選んだんだぜ。その一人を本殿に戻せば済む話じゃねぇか」


 銀髪レイの銀色の眉が僅かに浮き上がった。

 そして溜め息。その後に言ってやろう…、と考えた時だった。


「わ、私は大丈夫…だよ。えっと…、そ、その人も可哀そうだし」

「な…⁉」

「ちょっとユリ?アンタが知らない人は怖いって言ったんじゃん」

「あの…、俺はひとり」

「異世界に来て一人きり…って」


 ユリという名の青い髪の少女。

 数えで十七歳の少年少女が集められているから、ここに居るのは同世代。

 加えて恐らく、悪人ということはない。


「それはまぁ…、そうだけどよぉ」

「ボクたちだって、出逢って数年とかだしね」

「アタシだって最初は怖かったもんね」

「…ま、オレも別にいいぜ。」


 ユリ以外の四人も転生組なのだ。

 十年以上、異世界で生きてきた記憶を持つ。

 故に寂しさは知っているらしい。


 本当は、ソレらしいだけなのだが。


「スミマセン!時間がないので、早く女神の歯車を回してください!!」

「うん、そうだね。旅立ちの式は途中。先ずはガチャからだ。他の皆を待たせちゃ悪い」


 ショウという名の金色の髪の青年が、スッと銀髪のレイの前を通り過ぎた。

 他の四人も多少ぎこちないが、真っ直ぐに巨大ガチャマシーンへ向かう。

 はぁ…と息を溢して、レイは彼らの背中を追った。


「転生組ってあんな感じなのか…」


 今日という日に併せて召喚された人間とは違う。

 とは言え、彼らの事は後回しにせざるを得ない。


「天の神様の…」

「何やってんの。ただ回すだけでしょ」


 そしてメインイベントの一つでもある、職業及びスキル決めが始まる…


 ガチャ…ガチャガチャガチャ


 例のアレを想像してほしい。

 ソレで大正解である。


「おー!やっぱ、俺が戦士だわ!」

「んー。アタシはナイトだって。戦士とどう違うんだろ」

「ふ…。恐らく同じだ。俺は魔法剣士。やはり…と言ったところか」 

「ボクはソーサラーだって。剣を振りたかったんだけどなぁ」

「わ、私はプリースト…。プリエステス…かな」


 これは神の啓示。

 正確には主神女神アルテナスからのメッセージ。

 その筈だ。だから、五人が共にいれるのは決まっていたのだ。


 なんて、銀髪の彼が思う筈ない。

 どう考えても出来レース。そうじゃないと困る…


「え…。何、コレ。スカ!!…ってなんだよ!ソレって何語?海外ではスカ!!って職業があるの!?エクスクラメーションマークも添えてるの!?」


 と、小さな声で小さな紙にツッコミを入れていた。


 ──ただ


 結局、コレが理由で俺の冒険はとんでもないことになるんたけど。


 ということで、俺がどうしてココに居るかを語ることにしよう。

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