個性作りのマニュアル

区隅 憲(クズミケン)

個性作りのマニュアル

「ああ~、チャンネル登録者数全然伸びねぇ」


 アパートの天井を見上げながらサトウは呟いた。狭い部屋にある机の上には、録画ソフトやオーディオデバイスなどが所狭しと並んでいる。


「ああ、何で俺ってこんなに才能ないんだろう? 3年間ほぼ毎日動画投稿してるのに、チャンネル登録者が100人もいかねぇ。やっぱり俺って向いてないのかなぁ?」


 サトウはユーチューバーをやっていた。一発ネタのショート動画を作ったり、流行のゲームの実況配信をやったり、映画の感想動画を上げたりしていた。だがどれも全く振るわない。収益化して専業で食べていくなど夢のまた夢だった。


「俺って全然特徴無いんだよなぁ。自分で見返してもトークもパッとしないし、ネタも面白いかどうかわかんないし、映画も一般人の感想って感じで何の特徴もねぇ。こんなんだからいつまで経ってもチャンネル登録者数も増えねぇんだよ」


 ユーチューブで自分のチャンネルを開き、サトウは自虐した。メンバーシップを開設しているが、当然ながら誰も入っていない。ごくわずかにいるチャンネル登録者だって本当に自分の動画を見ているのかさえわからなかった。


「ああ、何かもっとチャンネル登録者数を爆上げできる特技でもあったらいいんだけどなぁ。武器が欲しいんだ。何かもっと視聴者の目を引ける個性が欲しい」


 そう呟きながら、サトウはダラダラとユーチューブのホーム画面を流し見する。するとその時、サトウの目が留まった。


〝あなただけの『個性』を磨き人気ユーチューバーになろう! ~最強の個性派ユーチューバーのなり方~〟


 そこには人気ユーチューバーの『カイト』の動画がおすすめ欄に上がっていた。チャンネル登録者数は100万人を超える、ネットのCMなどにも出演してる有名人だった。


 サトウはその『個性』という文面に釣られるようにして、カイトの動画を開く。


『いやー、ホントに凄いですよこのマニュアル本は! ホントにここまで秘訣を明かしちゃっていいのかな? って思っちゃってます』


 カイトの動画は自分の本の宣伝動画だった。某大手出版社から今発売されているそうで、ベストセラーになる勢いであると自慢げに語っている。そして何度も、これからの時代ユーチューバーとして生きていくためには、絶対に『個性』が必要だと強調した。


『というわけで僕のマニュアル本の紹介でした。リスナーの皆さんも是非この本を読んで、『個性』のある人気ユーチューバーを目指してみてください!』


 カイトは手を降って視聴者に別れを告げ、しばらくすると動画が終わる。サトウは真っ黒になった画面の前で考え込んだ。


(個性……やっぱり個性かぁ……)


 サトウはカイトの言葉を何度も反芻した。カイトの本を読めば、もしかしたら何の特徴もない自分でも『個性』を手に入れられるかもしれない。そしたら、俺ももっと人気者になれるはず……。


 サトウは期待と半信半疑の気持ちを抱きながら、カイトの動画概要欄にあるアマゾンのリンク先を開く。するとそのマニュアル本のカスタマーレビュー評価は星4.7の非常に好評。サトウはすぐさまレビュー一覧にスクロールしてみた。


『具体的でとてもわかりやすかった』

『新時代のユーチューブを生き抜くための必読書』

『この本に書いてあることを実践したら早速チャンネル登録者数が伸びました』


 どれもこれも賞賛の嵐。その肯定的な意見の数々を浴びていると、まるで背中を押されたような気分になる。いつの間にかサトウは『1クリックで購入する』のボタンをクリックしていた。


(よし! この本に賭けてみよう! この本の言う通りにすれば、俺も人気ユーチューバーになれるかもしれない!)


 そしてすぐにサトウはキンドルを開き、カイトのマニュアル本を読み耽る。夢中になって全てのページを読み終えると、以下の3つのことが書いてあった。


①発声を鍛えよう! ~イケボは視聴者を呼ぶ魔法の言葉~

②トークスキルを磨こう! ~お喋り上手でリスナーの心を鷲掴み~

③奇抜な企画を作ろう!  ~バズりはチャンネル登録者を増やす起爆剤~


 サトウはそれらの内容を反芻しながらアプリを閉じる。体が昂揚としており、ジンジンと頭の中が熱くなっていた。


(凄いッ! 凄いぞッ!! 言われてみれば当たり前のことなのに、どうして今まで気が付かなかったんだ!)


 サトウはカイトのマニュアル本に感動していた。本を読み終え、今まさに自分が人気ユーチューバーになったとさえ錯覚してしまう。


(けど、こういうのは読むだけじゃダメだッ! 早速俺はこの本の言う通り発声を鍛えるぞ!)


 そしてサトウの特訓が始まった。サトウは毎日カイトのマニュアル本の通り発声練習をする。背筋を伸ばしお腹から声を出すことに慣れ、声も若干かっこよくなるように意識する。それからしばらく続けると、ハキハキとした明瞭な声を出せるようになった。サトウはウキウキした気分で、早速動画投稿を毎日繰りかえす。だが、チャンネル登録者数は伸びなかった。


(ここは第一ステップだッ! 次はトークスキルを磨いてやるぞッ!)


 サトウはカイトのマニュアル本の通りトークスキルを磨く特訓を始めた。毎日ニュース記事を読み漁っては、それらを自分の言葉で感想を述べるという習慣を繰りかえした。重要な所を話す前に少し間を空けたり、時折ジョークを挟んだりして話の緩急をつける。そしてしばらくして、ようやくトークも板についてきた。サトウは自信満々になりながら、早速動画投稿を繰りかえす。だが、チャンネル登録者数は伸びなかった。


(次だぁッ! 次ッ! 今度はもっと奇抜で面白い企画を作ってリスナーの注目を集めてやる!)


 サトウはカイトのマニュアル本の通り奇抜なアイデアを作ることにした。12時間延々とセミの鳴き声を真似したり、ブラック企業の面接に行って録音したりするなど過激なことを繰りかえした。だが、そんな動画を何度投稿しても、チャンネル登録者数は増えない。


(はぁっ、はぁっ、クソッ! どうしてこんなに頑張ってるのにチャンネル登録者数が伸びないんだ!?)


 わずかに上昇したチャンネル登録者数を見ながら、サトウは嘆く。続けざまに無理をしたから、もはや心身が疲労困憊だった。


 次第に努力することにも腹が立ってきて、カイトのマニュアル本に対してヘイトを抱くようになった。サトウはこれまで忠実にカイトの言う通りにしてきたのに、何の成果も得られていない。


(どういうことだよクソッ! このマニュアル本のいう通りにすれば、『個性』が得られるんじゃなかったのかよ!)


 サトウはそこでカイトの名前を検索する。検索上位には例のマニュアル本の販売ページが表示されており、今ではついにベストセラーにもなったと書かれている。


(これのどこがベストセラーなんだよ! 全然効果がないじゃないか!)


 サトウは怒りながら、『カイト マニュアル本 役に立たない』と検索する。するとそこには5ちゃんねるのページが表示され、『カイトマニュアル本アンチスレ』というスレッドが設立されていた。


 サトウは溜まりに溜まった不満をぶつけたくて、早速そのスレッドに突撃する。


『カイトのマニュアル本マジで役に立たない。全部いう通りにやったけどチャンネル登録者とか増えない』

『俺もカイトのいう通りにイケボ目指したけど途中で挫折。そもそも声変えたぐらいでチャンネル登録者なんて増えるかよ』

『トークスキルとか客観的に上達してるかわからん。カイトのいう通りニュースの感想いう奴やったけど、ただ文句言ってるだけのおっさんになった』

『カイトの言う通り奇抜なアイデアやってみたけど、めちゃくちゃ低評価食らった』


 そこにはカイトのマニュアル本を非難する内容で溢れ返っていた。

皆例のマニュアル本を実践したようだが、尽く失敗したらしく怨嗟の声を上げている。

中にはカイトのことを『金の亡者』・『詐欺師』など誹謗中傷するコメントさえあった。


(そうだ。そうだよな。やっぱりカイトの言うことなんて間違ってるよな)


 サトウはカイトへの罵詈雑言を見て、少しだけ溜飲を下げる。けれど完全には気持ちが晴れなかった。そのままダラダラと画面をスクロールしていく。


『マジで詐欺られた。あんな本がベストセラーとか信じられん』

『何が個性派ユーチューバーだよ。個性を身に着けてもチャンネル登録者なんて増えねぇよ』

『カイトの本中身薄っぺらすぎる。出版社はちゃんと中身読んだのか?』


 スレッド内はカイトへの非難一色で染まっていく。

サトウは一体感を覚え、自分も一言カイトに文句を言ってやろうと書き込みをしようとする。


 だが、キーボードに指を置いたその時だった。


『あのさぁ、お前ら散々文句言ってるけどさぁ』


 ふいに新しい書き込みが更新された。


『個性だ個性だ言ってるけど、他人の言いなりになってマニュアル本なんか読んでる時点で個性的になれるわけないだろ。ここで喚いてるヤツは最初から何の特徴もない凡人の集まり』


 その書き込みが書かれて数秒後、スレッドは火が広がるように書き込みが更新される。


『は?』

『信者乙』

『お前も無個性の凡人だろ』


 次々と先ほどの書き込みをターゲットにした非難の声が上がる。

だがまともに正面切って反論できている者は誰もいなかった。


『お前らもブチぎれてるけどさ、いい加減目を覚ませよ。そもそもイケボな奴とかトークできる奴とか変な企画やってる奴とかいくらでもユーチューブにいるだろ。そんなレッドオーシャンなところに、今さら一人二人毛が生えた程度の個性身に着けて乗り込んでも埋もれるだけ。そもそもベストセラーのマニュアル本を全員が実践してたんじゃ差別化なんてできるわけねぇよ』


 その書き込みに対しても、スレッドはますます燃え上がる。

『長文きっしょ』、『アンチは失せろ』、『読んだこともない奴が何言ってんの?』

だが、具体的にその書き込みに反論できる者は誰もいなかった。


 サトウはその一連の書き込みを見て、だんだんと頭が冷静になってくる。

そして反論の書き込みをした住人の言葉が引っかかった。

『他人のマニュアル本なんか読んでる時点で、個性的になんかなれない』


 サトウはブラウザバックして炎上しているスレッドから去る。

そして何度もさっきの言葉を反芻した。

『他人の言いなりになってる時点で、個性的になんかなれるわけがない』


 人気ユーチューバーよりも、その誰ともわからない人間の言葉の方が突き刺さった。

サトウはそこで気づく。他人が書いたマニュアル本なんて読んでも、自分の個性なんてものは生まれない。


 サトウはユーチューブを開き、自分が開設したチャンネルを見る。相変わらず投稿した動画の本数が多いだけの、チャンネル登録者なんてほとんどいない底辺のチャンネルだ。


(個性がなければユーチューブでは生きていけない。けど、俺自身の特徴って何なんだろうな?)


 そこでサトウは、雑多に投稿された動画の数々を試聴し直す。そしてもう一度自分の個性について考え始めた。

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