クリスマスのわらしべ長者
うたた寝
第1話
クリスマスの時期になると続々出没してくるのがカップル共である。この街は俺たちカップルのものだ、と言わんばかりに我が物顔で街を練り歩いている。
別にカップルで手を繋いで街を歩くこと自体は彼女も否定はしないが、狭い道幅の通路まで二人横に並んで歩かないでもらいたい。他の通行人の邪魔ではないか。決して僻んでいるわけではない。……決して僻んでいるわけではないっ!!
右を見ても、左を見ても。カップルたちはお互いの手を繋ぐか、片方の恋人の上着のポケットにお互いの手を突っ込んだりしている。
それを見て、手が寒いなら手袋でもしろ、と以前彼女が言ったところ、友人に『バカだなー。彼氏と手を繋いだり、同じポケットに手を入れて温めてもらいたいから手袋しないんじゃん』と言い返された。あまりにも癪なのでそのポケットに鼻をかんだティッシュでも突っ込んでやりたいところである。
とか言ってたらいかん。鼻がムズムズしだした。寒い街中を歩いていたら鼻も出るか。肩掛けしていたバッグからティッシュを取り出そうと漁っていると、
「…………あ」
思い出した。前回の外出時に空になって補給しようと思って忘れていた。ティッシュが無い。どうしよう? とりあえず啜ってやり過ごすが、トイレでも行って鼻をかもうかと思っていると、ティッシュ配りのサンタのお姉さんがちょうど居た。
ラッキー、とばかりに彼女がティッシュを貰いに行くと、向こうも露出の多いサンタの格好で寒くてさっさとティッシュ配りのノルマを終わらせたいのか、一気に5,6個のティッシュを手渡された。
こんな要らん、と彼女は訴えるような目でじっと見つめ返すが、相手も手練れ。温和そうなニコォ、という笑みを浮かべつつも有無を言わせぬ迫力をまとっている。
……これは……引かんな……、と早々に白旗を上げた彼女は大人しく過剰に貰ったティッシュをバッグへとしまう。
まぁ、こんなものいくつあっても困らんからな。
鼻をかんだ後のティッシュの処分って地味に困る。直後は上着のポケットに突っ込んでいるがしばらく出すのを忘れ、いつ使ったのかも定かではないティッシュが後日見つかることもある。
覚えているうちにゴミ箱に捨てないとな~、と思っていると、ちょうど公園があった。ゴミ箱あるかな~、と覗いてみるとあった。
先ほどかんだティッシュを捨てるついでにもう一回ティッシュで鼻をかんでいると、横から視線を感じた。ベンチに座っている同い年くらいの女性と目が合う。
そんな鼻をかんでいるところなんてジッと見ないでほしいのだが……、と彼女が思っていると、相手の女性の鼻が赤くなって頻繁に啜っているのが目に入った。どこか羨ましそうにこちらを見ているところから察するに、見ているのは彼女のことではなく、彼女が手に持っているティッシュ。恐らく鼻をかみたいがティッシュが無いのだろう。先ほどの彼女と全く同じ状態である。
彼女みたいに完全防寒していても寒くて鼻が出るのだ。女性のように露出をした格好をしていれば猶更だろう。オシャレは我慢とはいえ最低限の防寒は必要ということだ。いい気味だ、ケケケケケッ! と笑ってやろうかとも思ったが、手や服の袖で鼻水を拭っている女性の姿を見ていると流石に可哀そうに思えてくる。
一人この寒空の下公園のベンチで寒さに耐え、のほほんと時間を潰しているとも思えないため、恐らくは誰かと待ち合わせ中なのだろう。オシャレ度合いから察するに待ち人は彼氏か、彼氏候補といったところだろう。
カップルなんて基本敵でしかないわけだが、この寒空の下健気に相手を待っていたにも関わらず、顔を合わせた瞬間に鼻水でも垂らして引かれたら気の毒である。カップルは敵だが、恋する乙女の味方くらいはしてもいい。まぁ彼氏を待っている、という保証は無いが。
彼女はガサゴソと先ほど嫌がらせのように大量に受け取ったポケットティッシュを一個バッグから出すと、
「良かったら使います?」
ポケットティッシュを差し出すと女性は嬉しそうに、
「いいんですかぁっ!?」
こんなにポケットティッシュを受け取って喜ぶ人も居まい。というか、いいから早くティッシュを受け取ってかんだり拭いたりした方がいいと思う。あえてわざわざ言葉には出さないが、結構鼻水が凄いことになっている。
ズビーッ! と豪快に気持ちよく女性が数回鼻をかみ、ティッシュで鼻や口周りを整えた後、
「あースッキリした。ありがとうございます。もう段々鼻水が垂れているんだがいないんだかも分からなくなり」
でしょうね、と先ほどの女性の顔を思い出して思う彼女。
「あ、お礼と言ってはなんですが、よろしければこちらをどうぞ。まだ使ってませんので」
言って渡されたのは未使用の貼らないタイプのカイロだった。よく見ると女性も一個手に握って手を温めていたようだ。
カイロは持っているくせにティッシュは持ってないのか、って思わんでもなかったが、彼女みたいにうっかり忘れた可能性もある。
普段カイロなんて使わない彼女だが、こんな寒い日には一個あっても損はしない。ティッシュと交換、ということでありがたく貰っておくことにする。
この寒い日にも関わらず、屋台でかき氷というずいぶん攻めた店があった。他のたこ焼きとかたい焼きとかの温かい食べ物はともかく、かき氷なんて売れるのだろうか? と遠目に彼女が屋台を見ていると、屋台の前に設置された簡易的な席で山盛りのかき氷を食べている女性が居た。彼女より少し年上くらい、だろうか?
売っているお店も凄いが、注文しているお客さんも凄いものだ。そんなにかき氷が好きなのだろうか? 室内の暖房が利いた部屋で食べているならまだ分かるが、そこは屋外のテラス席。体温全部持って行かれないだろうか?
山盛りのかき氷がよそられた器を手に持つと、女性はまるで牛丼のようにかき氷をかきこんでいく。おーおー、山がみるみる無くなっていくー、と彼女が感心して眺めていると、ピタッ、と女性の動きが止まった。器を机に置き、スプーンを持った手で自分の額を押さえて一言、
「う~……。さ、寒い……」
そりゃそうだろうな、と思わず口に出して突っ込むところだった。食べる前から容易に想像できそうなことだが、この女性は一体何をしているのだろうか? まぁ、変なことしているし関わらんでおこう、と彼女がその場から離れようとすると、
「う~……。ドタキャンされるし、散々……」
あ、ヤケ食いゆえの奇行か。であれば同情の余地がある。しかもクリスマスにドタキャンか。それはそれは……、うふふふ、と笑みを浮かべそうになるが、流石に浮かべたら机にあるかき氷で顔面パイをされそうである。
かき氷を体内に入れたことで一気に体温を持って行かれたのか、体が冷えたらしく女性は体をしきりに擦っている。まぁ恐らく、ドタキャンされた瞬間は怒りで体がポッポしてなんてことは無かったのだろうが、かき氷を食べて物理的に冷えて冷静さを取り戻したのだろう。
頼んだ手前残すこともできないのか、女性は凍えながらかき氷をスプーンですくおうとすると、手がかじかんでいて上手くすくえないらしく、机にボタボタ落ちていく。
ふむ。流石に可哀そうだな、と彼女はバッグに手を入れると、
「良かったら使います?」
と、先ほど貰ったカイロを取り出した。女性は目を丸くすると、
「いいんですか……?」
聞かれたのでこくん、と彼女が頷くと、大げさでもなく女性は泣きそうな顔でカイロを受け取った。心身ともに冷えている時に人の優しさというのは染みるものなのだろう。
女性がカイロで暖を取っているのを見届けてからその場を離れようとすると、
「あ、待って。良かったらこれ受け取って」
女性がバッグから取り出したのは包装された袋。その中からさらに取り出したのは手編みと思われるマフラー。いや、待て待て。包装されていたってことはこれって……。
「もう……、要らないものだからさ……。受け取って……」
いやおもてーよこえーよ。何か念でも入ってそうじゃねーか。大丈夫か? これ。首巻いた瞬間絞められたりしないか? これ。
「…………ね?」
いやだからこえーって。その感情のねー目止めろって。分かったよ、貰うって。
恐らく件の男性の名前と思われるものが縫い込まれていたのは裏返しにして見なかったことにして、首に巻くのはちょっと怖いのでバッグへとしまい込むことにした。
気のせいか? 肩掛けのバッグが急に重たくなった気がする。そんなに重たい物も入れていないハズだがはて?
重たくなった理由に心当たりは一個しか無いが、怖いので気付かないフリをして街を歩いていると、雪だるま作ろ~、と雪だるまを作っている女の子が居た。それほど辺りに積もっているわけではないので、近所中からかき集めてきたのだろう。女の子と同じサイズくらいの結構立派な雪だるまが出来上がっている。
雪だるま作る子供なんて最近めっきり見ないなー、とお婆ちゃんみたいなことを思いつつ、彼女が女の子を見ていると、装飾なども一通り付け終わった雪だるまが完成した。
完成した、と彼女は思っていたのだが、女の子は自分と同じ背丈の雪だるまをじっと見つめると、
「このままじゃ寒そうだよねー」
雪だるまが寒いなんてことはないんじゃないの? とか夢の無いことを彼女が考えていると、女の子が何を考えたか、自分が着ているダウンジャケットを脱ぎ始めた。いや、話の流れから何で脱いだのかは理由は一つだろう。
いや、待て待て。いくら子供は風の子、とは言っても、この寒い中ダウンジャケットなんて脱いだら風邪引くぞ。おまけに家に帰ってお母さんに『ダウンジャケットどうしたの!』と怒られる絵面が容易に浮かぶ。
ふむ、と彼女は女の子と目線を合わせるように座り込むと、
「こっち使わない?」
バッグからマフラーを取り出して女の子に提案してみる。女の子はパチクリと数回瞬きすると、
「え? でもおねーさん、いいの?」
「いいのいいの」
こちらも処分に困っていましたのでむしろ助かります、とは口に出さないでおいた。というか貰ってもらわないと困ります、と言わんかりに彼女はマフラーを女の子の手にギュッと握らせる。
女の子はしばし手に持ったマフラーを弄びながら何かを考えた後唐突に、
「おねーさん、彼氏居ないよね?」
何で居ない前提で話進むんだよ? せめて『居る?』って聞けよ。居ないけども。居たら一人寂しくクリスマスの中散歩してたりしないけども。け・ど・も!
「これあげるー」
複雑な顔をしている彼女の手に半ば強引に握り渡されたのはどこかの神社の恋守りであった。ずいぶんませたものを持っているな……、と彼女が思っていると、
「私にはもう要らないものだからさー」
なに? もしやこいつ彼氏持ちか。その歳で彼氏持ちとか早くない? っていうかズルくない? ……っていうか紹介してくれない?
「私は推しに生きることに決めたっ!!」
え、あ、そっち? そっちに決断したの? それはそれで決断早くない? 彼女なんて未だに彼氏が欲しいのか欲しくないのかも自分でよく分からないのに。凄い決断力の女の子だ、尊敬。彼女が心の中で女の子に合掌してその場を立ち去ろうとすると、
「よーしっ、深澤。今マフラー付けてあげるからねー」
苗字? 普通名前付けない? ってか深澤? どっかで聞いた気が……、……あ……っ。
思い出して彼女が振り返ると、ちょうど女の子がマフラーを深澤の首に巻くところだった。すると、そんなに強い力で結んだようにも見えなかったのだが、
「あーっ、深澤の首がーっ!!」
どうやら使命を思い出したマフラーに深澤の首が持って行かれたようである。やっぱり首に巻かなくて正解だったな、あれ。変わり身となってくれた雪だるま・深澤に感謝するんだな、深澤よ。
彼氏……、か。こう見えて、と言うと、どう見えているか分からないが、彼女もレディなので人並みには彼氏欲しい、と思ったことはある。しかしその欲求には波があり、すっごく人肌恋しくなる時もあれば、一人の方が気楽だぜイェイ! と全く欲しくない時もある。
その欲求が比較的強くなる周期の一つがこの手のクリスマスなどのイベントごと。
お出かけ直前まで着ていく服に迷った結果遅刻して『待った?』なんて聞いてみたりして、絶対待ったはずなのに『ううん、今来たところ』なんて言われたりして。『じゃあ行こうか』なんて手を繋いで一緒に歩きだしたりして。ベタだな……、って突っ込まれるかもしれないが、ベタなことこそ現実でやってみたいお年頃。
そういう妄想を繰り広げ、彼氏が欲しくなったりもするが、妄想しているうちが一番楽しいんだよ、なんてすぐひねくれたりもする。
女の子から恵んでもらった恋守り。くれた当人は推し活に生きることを誓ったみたいなのでご利益があるのかイマイチではある。いや、一生推すと決めるような相手と出会えたからご利益あったのだろうか? であればすでにこのお守りは役目を終えているような気もするが。
まぁどっちみち、こんなんで彼氏ができれば苦労しないやい、と。指にひもの部分を引っ掛けてブンブン振り回すという罰当たりのことをしていたのがよくなかったか。
スカッ、と紐の部分が指から外れて吹っ飛んでいった。あ、やべ、と思った時にはもう遅い。すっぽ抜けていったお守りは近くを歩いていた殿方の顔面にペチッ! とヒットした。突如お守りが顔面にヒットしたものだから『はうあっ!?』という悲鳴を男性が上げている。
意図せず簡易的な目つぶしのような形になったため、相手はまだ彼女のことには気付いていない。そのまま即座に逃げようかとも思ったが、それで追っかけてこられても怖いし、何よりもこれに関しては完全に自分が悪いので、
「すみませんすみませんすみませんっっっ!!」
と、慌てて駆け寄りとにかく平謝りしたが、男性側は物を投げ付けられたことよりも、投げ付けられた物に驚いたようで、地面に落ちたお守りを拾うと、
「何……? 恋守りぶん投げるって……、どんな悲惨な失恋したの……?」
同情するような気の毒そうな目をこちらに向けてくる。そうか。お守りをぶん投げたのだからそう見えるか。この誤解、解くべきか甘えておくべきか。お守りを顔面にぶん投げてきた相手に怒るよりも先に心配してくれるとは、ずいぶん優しい殿方である。
「ご利益あるといいね」
そう言ってお守りを彼女の手に渡してくる。彼女は渡されたお守りを両手で包み込みながら去って行く彼の背を見送る。クリスマスに一人……、ということは、そういうことなのだろうか? いや……、待ち合わせ場所に向かうところかもしれないし、みんながみんなカップルで過ごすわけでもないしな……。ただ、
「…………ですね」
ぽそっと呟いた彼女の声が聞こえたわけではないだろうが、彼はこちらを振り返った。
クリスマスのわらしべ長者 うたた寝 @utatanenap
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます