第1章・王弟の反乱 編

001:受け継いだモノ①

 北星暦101年。

 北星王国・王都〈蝦夷領北都県(旧札幌市)〉。


 息を少し吐くだけで、白い息がファーッと出る程に蝦夷領の冬は寒いのである。

 雪もしんしんと降りしきっている。

 こんな冬の日に外には出たくは無い。

 しかし北都の街を走る1人の少年が走っている。

 そう俺である。

 名前は《月島 葵つきしま あおい》だ。

 この時は、まだ5歳くらいだった。



「お父ちゃんっ! お帰りなさい!」



 俺の父は北星王国の陸軍に入っている。

 それなりの階級に就いていて大尉である。

 今日は遠征から帰ってくる日だった為、俺は急いで駐屯地まで走って迎えにきたのだ。

 父も俺を見つけるとカバンを置いて両手を広げる。

 そして俺を抱き上げてクルクルッと、その場で俺を抱いたまま回るのである。



「葵、ただいまぁ! 寂しかったか?」


「大丈夫だよ! 僕は大きくなったら、お父ちゃんみたいな軍人になるんだから!」


「そうか! やっぱり葵は俺よりも強いな!」



 昔から俺の目標は偉大な父だった。

 毎日のように国の為に僕達の為に、戦っている父の背中が何よりもカッコ良かった。

 だから、いずれは俺も軍人になって国の為に家族の為に、強い人になりたいと思っていた。


 俺と父は手を繋ぎながら母の待つ家に帰る。

 帰路に立つ中で、今回の遠征で何があったのかなど土産話を聞くのが俺の楽しみだ。

 その為に家で静かに待っていると言っても良い。

 それを理解しているかのように、父は「教えてあげようかぁ〜。どうしようかなぁ〜」と笑いながら渋る。

 意地悪に俺は笑いながら「教えてよ〜」と手をブラブラッと左右に振るのである。

 すると父は吹き出してから教えてくれる。

 その話が毎回のように面白いというのが凄い。


 俺たちは家に到着する。

 扉を開けて揃った声で「ただいまぁ」という。

 その声に反応して台所から母が、ドンガラガッシャンと大きな音を立てながらやって来た。

 うちの母は昔風に言うのならば天然って奴だろう。

 毎回のように何かをしでかす危うさがある。

 しかしどこか憎めないと言うところに、きっと父は惹かれて母と結婚したんじゃ無いだろうか。



「そうだ! 2人に発表があるんだ………」


「ど どうしたの? もしかして何か深刻な事?」


「いや、そこまで深刻ってわけじゃ無いんだけどさ」


「それじゃあスッと言ってよぉ」



 母は深刻な事じゃ無いなら言ってよと言う。

 父も深刻と言うわけじゃ無いがと返して、手をパンッと叩いて覚悟を決めたみたいだ。

 深刻じゃないと言われても、そこまでモジモジされると緊張したくなくてもしてしまう。



「実は……函館県に派遣される事になったんだ!」


「「そんな事ならスッと言ってよぉ!」」



 母と俺はピッタリと揃って父にツッコンだ。

 北都県の隣にある函館県に、父が派遣されるという事で引越ししなければいけないという事らしい。

 そんな事くらいなら早く言って欲しかったと話す。

 そのまま楽しく食卓を囲み食事を済ませる。

 明日とか明後日に引っ越すわけじゃ無いが、それでも準備は早くした方が良いと次の日から準備を始める。

 まぁ父は仕事があるから俺と母だけでしたんだが。

 そして次の月に俺たち家族は函館県に引っ越した。

 何か生活が変わったのかと言われたら、なんとも言えないところではあるが、まぁ海が近くなって寒いという事くらいだろうか。


 このまま函館県で父を見習いながら、大人になって軍隊に入ると思っていた。

 しかし人生というのは、そんな風に甘くは無かった。

 俺が引っ越して慣れ始めた、1年後に事件が起きた。

 いつものように休日の父と、木刀で剣の修行をしているとカンカンッと大きな鐘の音がする。

 その音を聞いた瞬間、父はビクッと鐘の音の方を俊敏な動きで向くのである。

 そして緊急事態だと分かった父は、その場に木刀を置いて走って家から出て行った。


 何が起こったのかというと、函館港に豊栄共和国軍が攻め込んできたのである。

 元々、北星王国は豊栄共和国と〈黒金峰(旧新潟県村上市まほろば温泉跡地)〉にて戦争をしていた。

 しかしいきなり函館港に攻め込んでくるなんて、王国の人間たちは予想していなかった。

 その為、初動で豊栄共和国軍に遅れをとってしまう。

 父も急いで軍隊に合流して対処にあたる。



「お母ちゃん、お父ちゃんは大丈夫かな? 豊栄共和国って強いんでしょ?」


「大丈夫よっ! 私たちが尊敬する、お父さんは誰よりも強いのよ。だから、きっと大丈夫。私たちは信じて、お父さんが帰ってくるのを待ちましょ」



 俺は生まれて初めて戦争を目の当たりにしている為、父の事が心配で母に大丈夫かと必要以上に聞いた。

 その都度、優しく大丈夫だよと声をかけてくれた。

 それもあって俺は安心できた。

 俺だって父は強い軍人だから、死なないと心の中では思っていても、まだ幼かったからダメなんじゃ無いがと心が勝手に思ってしまってたんだ。


 近所の人の話では共和国軍の艦隊も、そこまで多くないので時間の問題だと話していた。

 それなら父は大丈夫かと安堵していた。

 だが想定していない事態が起きた。

 艦隊の数は多くないが、大丈夫というのは首都の北都から援軍が来る前提の話だった。

 しかし大雪の為、援軍の進軍が遅いのである。


 緊急で〈陸奥領津軽外浜県(旧青森県)〉に援軍を要請したが、船が転覆したりと予定通りとはいかない。

 その為、どうにか援軍が到着するまで函館軍で持ち堪えなければいけない。

 本当にギリギリの戦いとなる。



「北都と津軽からの援軍は、まだ到着しないのか!」


「想定しているよりも豪雪な為、来たくても来れないと報告を………津軽の方も海を渡れず、同じく来たくても来れないという状況です!」



 援軍が来ない事に連隊長である《水野 朋也みずの ともや》大佐は怒りを露わにしている。

 まぁ理解ができないわけじゃない。

 函館軍だけではギリギリもギリギリだ。

 どうにか援軍と一緒に撃退したい。

 しかし援軍が来るまで、函館軍だけで共和国軍に耐えられるのかという疑問はある。


 俺は3日が経っても帰って来ない父の事を心配する。

 大丈夫だと思いながら、ここまで緊張感が張り詰められていると嫌でも不安感が高まる。

 子供ながらに緊急事態なのでは無いがと察する。

 それでも父が居ない間は、俺が家と母を守るんだと木刀を朝から晩まで振り続ける。

 それはそれは馬鹿みたいに振り続ける。

 手にマメができて、そのマメが潰れるくらいだ。



「葵ちゃん! そろそろ止めておかないと、体を壊しちゃうわよ。頑張るのも良いけど、休むのも大切よ」



 俺の努力は認めてくれたが、さすがに6歳児にしては無理をしていると判断したらしい。

 だから休息を、キチンと取るように説得する。

 それに俺も納得して適度に休む事にした。


 上陸戦が始まってから5日目が経ったところで、俺たちの家に情報伝達兵がやってくる。

 どうしてやって来たのかというと、父が重傷を負って軍務病院に運ばれたというのだ。

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日本大戦〜日本が大変な事になりました〜 灰崎 An @akagami_no_choko

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