しらゆき様

霜桜 雪奈

しらゆき様

 この村は、一年中雪が降る。いつも一面、白一色。

 純白の世界が幻想的に見えるのは、きっと心の綺麗な人だ。今の僕には、その白さに自分の汚さが浮かび上がるようで、眼をそらしたくなる。

 一滴、一滴と滴り落ちる血が雪を赤に汚しても、降りしきる雪がそれをまた白に染めていく。森へと続く道を歩く足は、僕の行く手を阻むように重い。僕はそれを、積もった雪のせいにする。

『しらゆき様は、いつも見守ってくれているのよ』

 子供のころ、母親が良く聞かせてくれた話を思い出す。雪は『しらゆき様』という神様で、この土地に住む人たちの願いを聞き届け、暮らしを豊かにしてくれているのだとか。すなわち雪は、『しらゆき様』の眼であり耳である、と母親は言いたかったのだろう。今思えば、悪いことをするなという暗喩であったのかもしれない。

だが、『しらゆき様』は、子供を驚かせる超常的存在や伝承の域に収まるものではない。この村では冬の時期に、『しらゆき様』を崇めるための祭りが、村民総出で執り行われる。祭りと言っても、神輿や屋台が出たりするわけではない。村民全員が、雪だるまを作るだけだ。

 祭が終わったころには、歩道に雪だるまがずらりと並び、その光景は雪だるまの町としてみれば幻想的で、同時に不気味である。また、一夜すれば大半の雪だるまは無くなってしまうのだから、余計に気味が悪い。


「この辺でいいかな……」

 道を少し外れた森の中。普段人の手も届かない場所のせいか、雪は僕の歩いてきた足跡をくっきりと残している。背負ってきた死体を雪の上に下ろすのと共に、僕の背負った業も下ろせないものかと想像してみるが、そんなことを考えている時間すらも惜しい。

 近くの雪をかき集め、雪だるまを作り始める。

 死体が消えることを願いながら、雪を球体に固めていく。一瞬、体温で溶けた雪がささくれに染みる。手袋を持ってくれば良かったと後悔したが、今更どうすることもできないのだから、かじかんでいく手を受け入れる。

 この村に根深い『しらゆき様』に祈願する際に、村民は雪だるまを作る。

 叶えたい願いを思いながら、雪だるまを完成させる。作った雪だるまが一夜経って無くなれば、願いは叶う。それが、『しらゆき様』への祈願の仕方。

 雪だるまを作るだけという至極簡単な方法ではあるが、これには一つの決まりごとがある。

『一度壊れてしまった雪だるまを直してはならない』

 それが、『しらゆき様』に祈願する際の唯一の決まりごとであり、禁忌とまで言われる絶対のルールだ。その理由は、なんでも『しらゆき様』やこの祈願の仕方が確立する前に遡ると言われているが、それを語れる老人はもうこの村には残されていない。


 雪の塊に雪をまとわせるように、転がして球体を大きくしていく。雪玉がバスケットボールくらいの大きさになったところで、雪だるまの体は完成とした。

雪だるまの大きさと、願いの大きさは一致しなくても良いらしい。なんでも、大切なのは願いを叶えて欲しいという思いの強さにあるらしく、雪だるまはあくまで器なのだとか。

 今度は頭を作るために、新たに雪玉を作り始めるが、先ほどに比べて手がかじかみ、思うように動かない。雪の冷たさが針を刺すような痛さに変わり、雪をまとめる手が震える。

 ふと、誰かに見られているような気がした。

 手を止め、咄嗟に辺りを見回す。そこには、先ほども見てきた闇と木々があるだけだった。気のせいにしたかったが、もし死体を見られていれば、警察を呼ばれるだろう。

 僕は突き動かされたように雪をかき集めて、一心不乱に雪玉を作る。手の痛みなど気にしてる場合ではない。今は、一刻でも早く雪だるまを完成させなくては。急いだ結果、武骨ではあるが、丁度先ほど作ったものよりも一回り程小さいサイズの雪玉ができた。

「……っ」

 後は、雪玉を乗せるだけだと油断したのが間違いだった。雪玉を持ち上げる手が痛み、雪玉が僕の手を離れる。まずい、と思った時には手遅れだった。雪玉は、真ん中から亀裂が入り、二つに割れてしまった。慌てて雪を取り、雪玉を修繕する。

『一度壊れてしまった雪だるまを直してはならない』

 それが、『しらゆき様』に祈願する際の絶対のルール。だが、誰も見ていない。しかも、今は夜だ。きっとバレない。それに、神様なのだから多少のことは許してくれるはずだ。

 直した雪玉を乗せると、遂に雪だるまは完成する。直した影響で頭が少し楕円形で不格好な気もするが、完成は完成だ。

 ふっと体の力が抜け、雪の中に倒れこむ。雪だるまを作ることができた。これできっと、明日の朝には死体が無くなっているから、僕はいくら疑われようと無実だ。徐々に失われていく意識を、僕はいともたやすく手放した。


 日の光を反射する雪に、眼が痛む。

気が付けば朝が訪れ、昨日のことが嘘のようだった。


 ――嘘のよう、だった。


 必死に作った雪だるまは崩れ、その上に倒れこむような形で死体が置かれていた。辺り一面の雪に赤が飛び散っており、雪の溶けてできた水たまりに、少しずつ赤が流れこんでいく。

 水面に映る自分の姿が、徐々に赤みを帯びていく。それは汚れた自分を映しているようで、思わず近くの雪を掴んで投げ入れる。手が痛む。


 まさか、死体が生き返ったというのか。いや、殺し損ねていただけかもしれない。


「雪は……騙せないな」


 子供の無邪気な声が聞こえてくる。


 森の木々の枝から滴る水滴の音は、まるで愚か者の僕をあざ笑っているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しらゆき様 霜桜 雪奈 @Nix-0420

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画