第13話 揺り籠に掛ける手

「おい! 大丈夫か?」


 体を揺さぶられてシバは目を開ける。ぼやけた視界を消し去るように目をこすり、何度か瞬きをするとキシュー、カイ、トサが目の前にいた。


「よぉ、寝坊助。奥に1人で行っちまったの憶えてるか? 寝てたようだが」


「ああ、すいません。何だか頭がボーッとしてて」

 シバが返答する。


「何か神霊の類にあてられたんじゃないだろうね?」

キシューが言った。


「かもな。万一のことがあるから帰ったら医者に診てもらえ」

 トサが相槌を打った。


 シバはゆっくりと立ち上がりながら周りを見渡す。森はほとんどが焼けており、周囲には無人機の残骸、周囲にはまだ焦げ臭さと薄い煙が漂っていた。


 ふとシバは後ろを振り返る。そこには石の台座があった。その上には所々焼け焦げた木材の残骸が散らばっていた。


「任務は……どうなりました?」

 シバはカイに聞いた。


「おいおい、本当に大丈夫か? ターゲットの祠は俺たちで破壊したじゃねぇか。ほら、見ての通りだ」


 カイは台座の上の残骸を指差した。


「こいつは重症かもな。とりあえず歩けるか?」

 トサがシバに手を差し伸べる。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。1人で歩けます」

 シバは笑顔で返した。


「とりあえず森の外まで出るかね。迎えも来てる」

 キシューはそう言うと歩き始めた。他の3人も後に続いた。


 09部隊は禁足地の焼け焦げた森を外れ、野原に出る。辺りはすっかりオレンジ色に照らされていた。優しい光に照らされながら村の上空を兵員輸送用の大型ヘリ数台が飛んでいった。


「後詰の部隊が到着したんだ。あとは警察と役人の仕事だろうね」

 キシューが言った。それから遠くに見える人の塊を指差した。


 地上ではすでに数百人単位の部隊が投入されていた。ほとんどが野戦服を着た軍人だったが、その中にちらほらと警察制服と背広姿が見て取れた。また違う場所では多数の村人たちが警察や軍に取り囲まれていた。手錠を掛けられた者、担架で運ばれる者。その場で治療を受ける者、事情聴取をされている者など様々だった。その中に田村もいるのがシバから見えた。


 シックルから無線が入る。


「ハウンズ、迎えの車が来ています。帰還してください」

「了解」


 シバが返答すると、09部隊の4人は歩き出す。しかしシバは視界の端になにか光るものが見え、思わず足を止めて確認した。それは自分の左腕から伸びる糸だった。不思議がってグルグルと見回すが糸の出どころはまるで分からない。


「どうした?」

 トサが気づいてシバの方へ振り返った。つられてキシューとカイも足を止めた。


「いやその、僕の手首に糸が」

「糸? 何もないが」

 トサは目を細めてシバの左腕を凝視しては首を横に振った。


「いやでも、ありますよ」

 シバは近づいてトサに自分の左腕を見せる。日の光に反射して糸が光った。


「見えないぞ。……ほんとに大丈夫か?」

 トサは怪訝な顔をして言った。


 シバは「そうですか」と気の抜けた返事をした。ふとトサの手に何か反射するものを見つける。目を凝らすとそれは手首から伸びる糸だった。シバは慌ててキシューやカイの手に目をやる。そこには自身と同じく手首から伸びる糸があり、日の光でわずかに反射していた。そしてどれだけ観察しようとその出どころは分からなかった。


「みなさんにも糸が……」

 シバは3人をそれぞれ指差した。


シバ以外の全員が手を確認するが糸が見えている様子ではなく、それぞれが顔をしかめると首を横に振った。


「重症化もな。大丈夫だ、この手のやつは俺もなったことある。すぐ治るさ」

 カイはそう言うと踵を返し、また歩き始めた。トサとキシューもシバの肩を軽く叩くと後に続いた。シバは振り返り、禁足地の森を見る。何か忘れているような気がして心がざわつくがどうすることもできず、すぐにカイたちの方へ向き直った。


 しばらく野原を歩いているとシバは左腕に違和感を覚える。誰かが握ってくれているような感触とほのかな暖かさを感じた。それから涼しげな風が正面から吹き抜ける。シバは後ろに気配を感じて振り返る。しかし誰もいなかった。それから禁足地の森を見て、カイたちに視線を戻すと口を開いた。


「あの……大上サヤっていう名前に聞き覚えは?」


 3人は立ち止まる。最初にトサが喋った。


「いや、聞き覚えは……ん?あるか、なんかおぼろげだな」

「ああ、俺もだ。聞き覚えがあるようなないような…お前もか、キシュー?」

 カイは眉間にシワを寄せるキシューに目をやった。


「ああ、私も同じ。記憶がぼやけてて……何だか気持ち悪いね」


 3人は混乱したように互いを見合わせる。


「シバ、お前は何か知ってるのか?」

 トサが聞く。


 シバは説明しようとしたが、言葉が出なかった。知っているはずなのに知らない、思い出せない。記憶に霧が掛かり、説明しようが無かった。ただ口をパクパクさせるしかなった。


「こりゃ、全員重症かもな。ハハ」

 カイは笑いながらまた歩き始めた。他の3人もそれに続く。


「それにしてもシバから女の名前が出てくるとは。珍しいこともあるもんだ」

 カイは眉間にしわを寄せた。


「そうですかね?」

 シバが不思議そうにしているとカイとトサは互いに顔を見合わせてはニヤけた。


「それで、そのサヤってのはどんな人なんだ?」

 カイが聞いた。

「えっと、確か……10代後半の見た目をした精霊? いや神様だったような」

 シバが答えた。


 トサが口を開く。

「カイ、神霊の類でも青少年保護法とか適用されると思うか?」

「どうだろうな~。まぁ、見てくれはマズいよな。キシュー」

「何で私に聞く?」


 キシューがカイをにらみつける。

 

「ほら、元夫婦のよしみで」

「あれは任務で――」


「何だか顔赤くないか?」

 トサが遮るように言った。


「きっと夕日のせいさ」

 カイが答えた。


「おい、人の話は最後まで聞きな」

「みなさん、さっきから何の話を?」

 シバはキシューの横に並ぶとそれぞれの顔を覗き込むように見た。


「何でもねぇさ。それより俺が言った店に行かねぇか? ほら、森の中で戦ってる最中に言ったやつだ。酒も飯も最高でな」

 カイは嬉しそうに話した。


「まずは全員病院じゃないか?」

「後にしな。私も飲みたい気分だよ。カイの奢りでね」

 しかめっ面するトサの胸をキシューが叩く。


「シバ、これ経費で落ちねぇか?」

「潔く奢ってください。カイ」

 カイは口をへの字に曲げると髭を撫でた。


 09部隊は野原から舗装されていない道路に差し掛かった。そこから慌ただしく動く軍人、警察、役人の合間を移動する。09部隊に気付いた若い新兵が4人の元へ駆け寄ると車まで案内してくれた。


 そこには四輪駆動車が止まっており、夕暮れに照らされていた。後部座席にはすでにウォッチャーがおり、内側から窓ガラスと叩いて合図した。4人は席に腰を落ち着けた。


 運転席のシバがエンジンを掛ける。ふと横を見ると遠くにこちらを見つめている人物が車の窓ガラス越しに見えた。タブダブのシャツに半ズボン、少し整った黒髪のストレート、10代後半に女の子。何故かそう思えた。


 彼女はシバに向かって手を振った。シバも微笑むと小さく手を振り返した。目をまばたきさせると、もうその女の子は消えていた。


 シバは正面を見据えるとゆっくりと車を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

09部隊、祠を破壊せよ! @doniraka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ