第11話 バンバンバン
「目覚めよ同胞! ホヨ様を守るため、死を乗り越えて力を尽くせ!」
近づく09部隊に気付いた田村はその右手を掲げて房を輝かせる。それに呼応するかのように倒れていた村人たち、変異した者が立ち上がる。その表情は殺意に満ち、力強く武器を手に取るか、あるいは猟銃に弾丸を込めた。夜の山小屋で出会ったような醜く膨れて巨大化した者も何人か混じっていた。
多くの敵が突撃してくる中、空から再び榴弾の雨が降る。火と爆風が村人をなぎ倒す。次に09部隊の周囲をなぞるようにバルカン砲が放たれ、何人もの体を引き裂いた。しかし、田村が再び右腕を掲げると村人たちのちぎれた体を触手が手繰り寄せては傷が塞がり、また起き上がる。
「ハンマーを中央にライン組んで下さい! サヤさんは後ろで頭を低く」
真ん中にハンマーの巨体が立ちはだかる。右手のガトリング砲を撃ち、辺りを制圧するとターゲットの祠に向かって進み始めた。その右と左には09部隊の面々が並び、ハンマーが撃ち漏らした敵を殺す。サヤは09部隊の陣形からは少し距離を取った後方から身を屈めながらついて行った。
「リロード!」
カイが大きく叫び、弾倉を入れ替える。トサとハンマーが前に出て、制圧射撃を行う。キシューとシバが側面を押さえて次々と村人を撃ち殺した。
「レディ!」
カイが再び弾をばら撒く。鎌や包丁、手斧で近づく村人を寄せ付けなかった。ハンマーは遠くにいる猟銃を持った敵を補足すると、肩にあるミサイルポッドと榴弾砲で狙い撃った。土煙と一緒に肉が飛び散る。
09部隊の遠方ではアローが全ての武装を持ってして、破壊の限りを尽くしていた。時折、その弾が祠の元に向かうが田村が右腕で防ぐ。
「報告、残り残弾数10パーセントを切りました」
シックルからの無線が入る。正面からは木々と炎の間を縫って、醜く膨れた巨大な怪物が2体同時に迫っていた。
「正面!」
キシューが怒号を飛ばす。ハンマーはミサイル数発と榴弾砲で左側の怪物をバラバラにした。右側の敵はガトリング砲を当て続けたが、勢い止まらずハンマーボディに抱きつくとそのまま一緒に倒れ込んだ。
馬乗りになった怪物はその歪んだ腕を何度もハンマーに打ち付けた。ボディの装甲がひしゃげる。
「カバー!」
シバが叫ぶと、怪物に向かって4人が一斉に射撃する。一瞬怯んだ隙をついて、ハンマーが怪物を押しのけると左腕のブレードを展開させて滅多刺しにした。
「ラインを保て!」
トサが叫び、09部隊は元の陣形を立て直す。アローが全域を薙ぎ払い、ハンマーと4人が弾幕で敵を押し返す。祠まであと数十メートルの地点まで来た時、もう立ち向かってくる者は誰一人として居なかった。
シバが後ろを確認する。
「サヤさん、大丈夫ですか?」
サヤは倒れた木の陰から顔を出すと頷いた。
「アロー及びハンマーの残弾数0パーセント。弾切れです」
シックルからの無線の後、ハンマーボディからは両肩と右腕の装備が切り離された。
「おい! 村長はどこいった?」
カイが尋ねる。
「さぁね。ど迫力の銃撃にチビッたんだろうよ」
キシューが言った。
「各員警戒を」
シバは注意深く周りを確認するが、何もいない。残っているのは村人たちの死体、焼け焦げた木と土、崩壊した石垣や鳥居が散乱していた。安全と分かると09部隊は残弾確認を済ませ、祠に近づいた。
そこは広く切り開かれ、地面がなだらかに整備されいた。ただ他には何もなく真ん中に石の台座があるだけだった。
「トサ、ターゲットってこれ……だよな?」
カイは石の台座、その上にあるものを指差した。台座の上にはかつて木製の小さな祠があったことは容易に想像できた。しかしそれは今や不快極まる有機物に押しつぶされて崩れており、残っている部分も有機物に侵食されていた。赤褐色の肉々しい物体が毛細血管のようにその根を広げて台座に居座り、真ん中にある大きな瘤が不気味に脈打っていた。
トサは掛けているメガネの位置を直すと肩をすくめた。
「祠、もう壊れてるな」
「とりあえず上のやつ、ぶっ壊せば良いんじゃない」
キシューが脈打つ瘤を指差す。シバがトサに顔を向けて頷く。それを見たトサは設置型爆弾を取り出すと、怪訝な顔をしながら脈打つ瘤の横にセットした。
「よし、これで――」
トサが爆弾のタイマーを入れようとする瞬間、重く質量のある物体が落ちる音が09部隊の後方から聞こえた。みんなが後ろを見た時にはもう遅かった。ハンマーボディが引き裂かれ、数多の金属部品が飛び散っては火花を散らす。崩壊するハンマーの合間から田村がその変異した体をくねらせて飛び出すと、シバの頭上を越えて勢いそのままにトサを横に弾き飛ばした。それから青白く発光する右腕で設置された爆弾を掴むとそれは爆発を起こした。しかし田村と石の台座の瘤が火に包まることはなく、自然の法則に反してその炎と衝撃は内側へ収縮して跡形もなく消えた。
「深刻な損傷。復旧作業を実効」
シックルのハンマーボディは両足と右腕、胴体の下半分が損壊していた。シバとキシューが銃を構え、カイはトサの元へ向かった。
「ここで殺してやる、よそ者め!」
田村は怒りをむき出しにして身構えた。
すかさずシバとキシューが銃弾を放つ。田村は右手を光らせ、銃弾を逸らせる。しかしその光が徐々に弱まると弾丸はその軌道を変えることなく田村の体にえぐりこんだ。シバは気配を感じ、後ろに目をやる。そこにはサヤがおり、胸の前で印を結んでは聞き取れない小さな声で何か呪文のようなものを必死に唱えていた。
田村は銃弾による衝撃と激痛で倒れ、のたうち回るがすぐさま姿勢を立て直すと腕を振り上げて2人に飛びかかった。すんでのところでシバとキシューは横に飛び退いた。田村の視界にサヤの姿が入る。
「お前、まさか!」
シバとキシューは注意を逸らすために銃撃を再開する。キシューは回り込みながら撃ち続け、シバはサヤを庇うように田村の前に立ちはだかると射撃しながら後ろへ下がる。
田村は再び右手を掲げ銃弾を逸らそうとするが、青白く光ることは無かった。
「邪魔をするな、疫病神め!」
うろたえる間にも銃弾が田村の肩や頭を削り取る。田村は触手と自身の足で跳躍すると人間離れした素早さで倒木や岩の間を移動し、何とか攻撃を避けようしていた。
一方、カイは地面に倒れて苦悶しているトサに駆け寄ると肩を掴み、軽く揺らす。
「おい、生きてるか? 良い一撃もらったな」
「ああ。大した事ない。それより爆弾はどうなった?」
「村長のやつが潰しちまった」
「潰した!?」
「ああ、こうリンゴを潰すみたいに爆発の火ごとグシャッととな。見ものだったぜ」
トサはカイの手を掴むと唸りながら起き上がる。2人の目からは遠目でシバとキシューが戦っている姿が目に見えた。
「この隙にあの気持ち悪い瘤を破壊するぞ」
カイが瘤を見据える。
「できるか怪しいな。ものによっては銃弾も弾き返すからな」
カイはトサの肩を叩くと「当たって砕けろさ」を言って駆け出し、トサもそれに続いた。
カイとトサは祠まで走り寄ると瘤を狙って引き金を絞った。互いに数十発ほど撃ち込んだが多少表面が傷つくだけで何の変化もなかった。
「やっぱり爆弾か?」
カイがトサに尋ねる
「そうだな。だけどどうするよ? この調子だとグレネードでもダメかもな……」
「2人とも、後ろ!」
サヤの大声でトサとカイが後ろを振り返る。そこには右手を振り上げる田村がおり、今にも叩き潰そうとしていた。
「ホヨ様に近づくなぁぁぁ!」
膨れた腕が振り下ろされる瞬間、2人は左右に飛び込んで避ける。急いで立ち上がるが田村は触手を振り回し、カイとトサを吹き飛ばした。
シバとキシューが撃ち続ける。田村は右手を掲げ、それは青白く光るがすぐに輝きが失われた。銃弾がまっすぐ飛び体を体を傷つけるが大きな右手を盾にして耐え凌いだ。それから大きく飛び上がると後方にいたサヤに狙いを定めて右腕を振り下ろす。サヤは何とか攻撃を避けるが勢い余って転び、地面に体を打ち付ける。
「力ある神もそれを奪われれば、ただのひ弱な人間か」
田村はもう一度その大きな右手を振り上げ、サヤは恐怖から身を縮ませた。瞬間、シバが横から身を乗り出して田村の体へ抱きつくとナイフで下腹部、みぞおち、首を3連続で刺す。
「サヤさん、逃げて下さい!」
シバが叫び、サヤが駆け出す。田村は左手と触手でシバを自分から引き剥がすと足を前に蹴り出した。その蹴りはシバの体を祠のある方向に向かって2メートルほど吹き飛ばした。キシューが銃撃で田村を牽制しながらシバに駆け寄る。
「しっかりしな!」
キシューは射撃を止めると、シバの着ていたタクティカルベストを掴んで起こす。その側から痛みに悶え、ふらつきながらカイとトサが並び立つ。それから4人は一斉に射撃を開始して田村を抑え込んだ。
「シバ、お前の”お守り”を瘤に使え!」
カイが言った。
シバは自分の背後にある石の台座とその上の大きな瘤を確認すると射撃を止め、田村に背を向けて身を屈める。それから背負っていた無反動砲を肩に担いで照準器で瘤を狙った。
田村はそれを阻止しようと体をくねらせて飛び上がり、09部隊4人の頭上を飛び越える。降り立つと同時に触手をムチのようにしならせ、キシュー、カイ、トサを殴っては弾き飛ばした。勢いそのまま突進し、シバを左手で抑え込むと膨れた大きな右腕を高く掲げた。
「死ね!」
田村が腕を振り下ろす。しかしその勢いは途中で衰え、ついには止まる。まるで時の流れが停止したかのように田村の右腕は空間に縫い付けられていた。シバと田村は横に気配を感じて視線を向ける。サヤが手を前に出して身構え、凄まじい剣幕で田村の右腕を凝視していた。
「どこまでも厄介な女神だ」
田村はそのまま触手を伸ばしてサヤの体を勢いよく打ち付けた。衝撃のままにサヤの体が地面から浮き上がっては落ち、遠くに押しやられた。
田村の右腕に掛かっていた、目に見えない拘束が解けた。そのままシバを顔へ打ち下ろす。
しかしそれと交差するように風切り音を立てて巨大な金属のブレードがシバの視界を通過する。刃はそのまま田村の体に食い込み、シバから引き剥がして地面へ押さえつけた。シックルのハンマーボディが金切り音を立てる。
「シバ、任務の続行を」
シックルの無線、シバは体を起こすと再び無反動を構えた。
「させるか!」
田村は自分を押さえつけていたハンマーを右腕で何度も殴りつけた。装甲が歪み、金属部品が飛び散る。ハンマーが停止すると田村は食い込んだブレードとそれが装着されている金属の腕を押し退けた。
シバは無反動の発射ボタンを押す。発射炎が吹き出し、弾頭が飛び出る瞬間に田村は台座の瘤を庇うように前へ出た。噴射の勢いのまま弾頭は田村の体に接触し、その爆炎は後ろの瘤まで巻き込んだ。
火柱が上がり、それから辺りが煙に包まれる。
「もう死んだかい?」
キシューは疲れた様子のサヤを支え、自身もよろめきながらシバの近くに駆け寄った。反対側からはカイとトサも銃を構えつつ、集合する。
時間が経つにつれて、祠周辺の煙が晴れる。目の前の光景は望ましくないものだった。田村は激しく傷つき、地面に倒れていたが瘤はわずかに焼け爛れていただけで無事だった。相変わらず不気味に脈打っている。
09部隊の4人はたまらず一斉射撃に出た。だがいくら撃っても瘤は壊せない。銃撃を止めると田村が咳き込みながら笑った。
「もう打つ手なしか? はは、意外と頑丈だからなぁ、ホヨ様は」
田村は重くゆっくりと上体を起こす。
「かの神は私たちを自由にしてくれる。どこかの疫病神と違ってな」
田村の傷が塞がっていく。痛みが消えて体に力がみなぎる。その表情にも余裕が見える。
「ホヨ様がいる限り、私たちは何度でも蘇る」
物音に気付き、09部隊は周りを見渡す。焼け焦げた木々の間にある村人たちの死体がもぞもぞと動き始める。ある者は取れた首が元の位置に戻り、ある者は折れ曲がった足が治っていく。
「お前たちは終わりだ。よそ者」
田村が顔がニヤける。09部隊の4人とサヤは互いに背を向けて身構えた。
「実は……この近くに良い店があってな」
カイの言葉に全員が耳を傾ける。
「どうした突然?」
トサが返す。
「この任務が終わったらパーっと行こうぜ」
キシューが弾倉を入れ替えながら聞く。
「あんたの奢り?」
「もちろんだ」
「私も一緒に良い?」
サヤはカイに目をやった。
「もちろんさ、嬢ちゃん」
「でもそれって映画で死ぬキャラがよく言ってるやつですよね?」
シバは顔をしかめて言った。
「シバ、こういうのはタイミングが大事なんだ」
「つまり?」
「最終決戦でこのセリフを言うやつは生き残る!」
ふとキシューの視界の端に何かが見えた。部隊から遠く離れた木の幹、そこに目を向けるとウォッチャーがいた。その体から緑色のレーザー光が一直線に伸び、台座にある瘤に照射されていた。
「シックル!? 何してる?」
「私は気遣いができる支援システムなので、変わりにターゲットを破壊しようと」
全員で互いに顔を見合わせる。
「どういう意味だ?」
カイが尋ねると、シックルは咳払いをした。
「実は”最後の一発”が残っておりまして。大変威力もありますのでターゲットに有効かと」
「いや、ハンマーは壊れたし、アローはもう弾がないだろ」
「はい」
「じゃあ、破壊は――」
「その質問に答えても良いですが、みなさんの位置からして早くお逃げになった方が良いかと」
空から甲高い音が聞こえる。最初は小さく気付かないほどだったが次第に大きくなり、やがて空気を震わせる轟音となっていく。
「まだ燃料が十分残っていて良かった」
シックルの無線から察したシバは顔がこわばる。
「退避! 退避ー!」
シバは大声で叫ぶと全速力で祠から離れた。他の4人も理由の分からないまま走り、シバについていく。その間も空からの音は大きくなっていた。
田村は09部隊とサヤを追いかけず、瘤の側に身を寄せては空に視線をやる。しかし何も見えない。
走る中、キシューは何かに気づいた様子だった。
「これ、飛行機のエンジン音じゃないかい?」
息を切らしながら言った。
「じゃあ、まさか」
トサも察すると目を丸くする。それからカイの目を見た。カイもハッとした表情をすると大声で叫んだ。
「マジかよ、クソ! あのAIおっかねぇぜ!」
「え、何!? どうしたの?」
サヤが聞く。
「いいから走って!」
シバは乱暴に返事した。
09部隊は走り続ける。さらに祠から遠ざかる。空の轟音が激しさを増し、お互いの激しい呼吸も地面を打ち鳴らす足音もかき消される。
シバは岩場と太い倒木を見つけると、みんなをそこへ誘導し、物陰に隠れさせた。そのコンマ数秒後、遠くの空に黒い点が見えたと思ったら、それは一瞬で巨大な点となり次第に飛行機のシルエットがあらわになる。
その直下にいた田村は事の重大さに気付き、自身の右手を掲げる。力を使ってあの巨大な落下物とその爆発の衝撃を逸らせ、ホヨ様を守るつもりでいた。田村は自らを奮い立たせる。それに呼応するかのように右腕の房が青白く光った。いける、できる、自由のためにやるべきことがある。田村は自分に言い聞かせた。房の光が最高潮に達する。しかし電源が切れたかのように突如として青白い光が失われた。
田村はハッと気付き、遠くの方にいるサヤに目をやった。当然姿は見えなかったがその女神の囁きはハッキリと聞こえた。自分の右腕に力を入れるが囁きが邪魔をして青白く光ることは無かった。田村は目を見開いたまま、空を見上げた。
もう目の前には無人機のアローそのものが迫っていた。機首を地面に向けている。そして轟音が頂点に達したその瞬間、アローは大地に突き刺さり、それから爆炎と風で周辺を焼き尽くした。細かな岩片、木片、土が放射状に飛び散った。それは遠くで隠れていたシバたちまで届き、頭上から降り注いだ。
それから静かになった。サヤが顔を上げると辺りは煙に包まれていたが、自分たちが先ほどまでいた石の台座が激しく燃えているのは分かった。そしてその方角から泣き叫ぶ声が響いた。それは徐々に小さくなり最後には聞こえなくなった。
「みんな無事ですか? 怪我は?」
シバは周りを確認すると09部隊の面々やサヤに駆け寄って助け起こした。そうしているとウォッチャーが煙の中から細かく機敏な動きで現れた。
「普通、あんなんするかよ」
カイがウォッチャーに向かって言った。
「あの状況では最適な選択でした」
シックルが無線から返す。
「これ、ボスがまた上からドヤされるんじゃないか?」
「あ~、ありえそう」
トサとキシューの言葉にシバが苦笑いした。その最中、サヤが何かに気付く。
「ねぇ、あれ!」
指差したその先には田村がいた。五体満足ではあるものの体を引き釣り、その顔は苦悶に満ちていた。
「まだ倒れるわけには……あいつのためにも……」
田村は弱々しく言った。それから09部隊とサヤを視界に捉えると力を振り絞って、立ち向かう姿勢を見せた。応えるように09部隊とサヤも身構える。しかしその直後、田村の体が小刻みに震えだした。
「ああ! そんな」
田村は立っていられなくなり、膝をつく。それから激しく咳をすると口から赤褐色の触手の切れ端が大量に吐き出された。生えていた触手も大きく膨れた右腕も剥がれ落ちて小さく縮こまる。次第に本来の人間としての体つきに戻っていった。
「ホヨ様が。クソっ、クソっ! よそ者どもがぁ!」
田村は走りながら拳を振り上げ、シバを殴ろうとした。しかしその拳は空を切り、勢い余って田村は転んだ。もうかつての力強さはどこにもなかった。
周りで倒れていた他の村人たちも同様だった。みんな生きていたが、体から変異の兆候は無くなっていた。一様に口から触手の切れ端を大量に吐き出し、変異した部分は剥がれ落ちた。全員がそのまま気絶するか物陰に身を寄せてはうなだれていた。
「アンタたちのせいでこの村のもんはまた閉じ込められる。ホヨ様が唯一の希望だったのだ! この牢獄から出るための鍵だったのに」
田村は嗚咽を漏らしながらシバの足にしがみついた。
「私が話す」
サヤが一歩前に出る。田村はサヤを睨み返した。
「女神とあろうお方が保身のために人間を頼ったか。なぁ、サナギ様」
シバ以外の09部隊全員が目を丸くしてサヤを見た。ウォッチャーは動じていなかった。サヤは申し訳なさそうに見つめ返すと口を開いた。
「黙っててごめんなさい。騙すつもりは無かったけど言い出せなくて」
カイ、トサ、キシューがお互いに顔を見合わせる。それからトサが「任務完了したし、まぁ……いっか」と言うと他の2人は肩をすくめた。
ふいに田村が笑う。その様子を不満そうにサヤが見た。
「何が可笑しい?」
「随分変わったなぁ、サナギ様。力を奪われ、体も小さくなり、今やそこらへんの子供と変わらない風貌に! それとも逃げるための変化か? どちらにしろ傑作だ」
「田村、聞かせて。なぜこんなことを? なぜ邪なる神をこの村に引き入れたの?」
「自分でも分かってるだろう。その力のせいだ。先祖代々この土地にみんなを縛り付けたじゃないか。爺さん婆さんは受け入れたかもしれないが今時のやつらは我慢の限界だ」
「田村、あなたは元々村の外の人でしょ? 私の影響は受けないはず」
「死んだ妻は違う。彼女はこの村の出身だからな」
田村は体を引きずり、近くの折れた木の根本にその身を預けると虚ろな目でサヤを見た。
「遺灰はどこかの海に撒いて欲しい、自由になりたい。それが妻の遺言だった。亡くなった後、遺灰を瓶に詰めてやろうとしたが……できなかった」
「できなかった?」
サヤが聞いた。
「束縛の力だ。びっくりしたさ、まさか死人さえ逃さないとは。村の連中も知らないようだった。まぁ、ほぼ全員が村の墓場に骨を埋めるからな。その口ぶりだと知らなかったか」
「それが……今回のことの理由?」
「神にとってはしょうもないかもな、人間の自由なんざ。だが賛同してくれるやつは多かった。サナギ様と仲良しやってたが、内心ではこの束縛から逃げたいやつは大勢いた」
「私が自身の力を制御できないのは知ってたでしょ?」
「ああ、だからあんたを殺そうとした。ホヨ様の力を借りてな」
「村の外の人を誘拐していたのはなぜです? 解放されるだけなら必要なかったはず」
シバが聞く。
「ホヨ様との交換条件さ。かの神の繁栄に手を貸して生贄を捧げ、信者を増やす。それが条件だ。だから今回の蜂起に賛成しない村のやつら、足りなくなったら外から攫った。だがそうしていると面白いことが分かった。サナギ様、嘘をついていたな?」
田村がサヤをにらみつける。
「巫女どもを殺す時にあいつら喋ったんだ。あんたは束縛の解除ができなかったんじゃない、やらなかったんだ。そして村のやつらがその割りを食った」
シバの目にサヤの握りこぶしが震えているのが見えた。田村もその様子を見ていたが、構わず口を開いた。
「怒ってるのか。まぁ、巫女とは特別に仲が良かったからな。怒りは良い、大きな愛情の反転だ」
田村はサヤから目線を外し、空を仰ぎ見る。
「何にしろ、サナギ様の勝ちだ。俺を殺して、これからも村の者と俺の妻の遺灰をこの土地に縛り続けると良い」
サヤは立ったまま目を閉じて、深呼吸した。それからもう一度、目を開く。ゆっくりと田村に近づき、側に膝をつくと彼の手を握った。
「今さら遅いけど……ごめんなさい。サユリさんのことも他の村の人たちのことも」
田村は思わずサヤに目をやった。
「ある人が言ってた。全員を救えないなら一番身近な人の味方になるって。私は選ぶのが怖かった。そのせいであなたたちを不幸にした。本当にごめんなさい」
サヤは田村の手を話すと立ち上がった。
「でもそれも止めようと思う。私は、あなたたちの味方に立つ。田村、あなたを救う。村の人達も救う。私のできることでね」
田村は冷ややかに笑うとうなだれた。そのまま目を閉じると地面に身を預けた。トサが慌てて呼吸と脈拍を確認する。
「大丈夫、生きてる。気絶してるだけだ」
トサが全員に告げる。
サヤは中央にある石の台座に目を向けた。周辺に無人機の残骸が転がっているが火の手は予想外に早く収まり、わずかにくすぶっているだけだった。
「シバ、一緒に来て」
サヤはそう告げると石の台座に向かって歩き出した。シバは他の09部隊3人に目配せすると単身でサヤについていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます