第10話 ゼロイン

 09部隊の一行はパッケージポイントを後にすると続けて野山を歩き、昼過ぎには禁足地の領域まで約500メートルのところまで到達していた。シバ、カイ、サヤは小高い丘にある木の陰、少し背の高い草が多い場所に身を屈めていた。


 サヤが遠くを指差し「あそこが禁足地」と言った。そこは広い野原で花の色彩が散らばっていた。しかしある境から急激に木々が増えていき、異様に密集し木の塊を形成していた。それは海に浮かぶ孤島のように野原の中にぽつんとあった。


「神の祠を中心に森が広がってて、そこが神の土地、つまり禁足地になってる。巫女がいないとあの森に入っても幻に惑わされて、どれだけ歩いても森の外側に出される」


「やはりアローからの観測ができません。VIPの言う通り、強力な幻術が掛けられています」

 シックルからの無線にカイが鼻を鳴らす。


「大体の位置は分かってるんだから、全部吹きとばせが良いんじゃねぇか?」

「カイ、貴方は何も分かっていません。このような強力な幻影は航空支援の照準システムを捻じ曲げることもあり、誤射した事例もあります。ですから慎重に――」

「分かった、分かった。でもまぁ……それにしては」


 カイは双眼鏡を通して禁足地の始まり、森と野原の境を見た。すでに村人数十人が周りを見回っており、その手には近接武器や猟銃、手製のクロスボウまで握られていた。その中の何人かは頭や口、肩の部分から赤褐色の触手が飛び出している者もいた。厳重に警戒されているのは明らかだった。


「ありゃ森の中にも結構いるかもな。嬢ちゃん、あの村人たちに幻術ってのは効かないのか?」

 カイに尋ねられたサヤは首を傾げる。


「恐らく神の使徒、つまりホヨ様の使徒だから幻術を突破できる力があるのかも。あの人たちはもう人間ではないし、それにいま祠を支配しているのはホヨ様だから」

「それだと嬢ちゃんの幻術解除はできるのか? そのホヨ様ってのが支配してるなら邪魔されそうだが」

「それは問題ない。いくら神といっても寄生虫の類。あくまでサナギ様の力にタダ乗りしてるだけ。だからこそ巫女の私も干渉できる」

「そうか。詳しいな」

「この村に長く住んでるからね」

 シバは思わず目を向けて、それに気づいたサヤも顔を向けた。顔を見合わせるサヤはおどけてみせた。


 シバは目線を手元の地図に戻した。しばらくして地図のある地点と指で叩くとキシューに無線で尋ねた。


「キシュー、トサ。そこから狙撃で援護はできそうですか?」


 キシューは少し離れた場所に陣取り、伏せて狙撃ライフルを構えていた。禁足地の周辺にいる村人たちを狙いながらスコープの側面にあるつまみを回していた。対象とのおおよその距離を測り、舐めた自分の指で風の向きを確認した。トサはキシューの隣で伏せ、双眼鏡を構えていた。


「余裕。何なら全員殺せそうだけどね」

 キシューは無線を返した。


「もれなく全員生き返るけどな」

 トサも続けて無線を入れた。


 シバは無線を続けた。

「シックル、ハンマーボディは?」

「現在、17時方向の森の中で待機中。そちらは見えています」


 シバは礼を言うと、次にサヤに話しかけた。


「サヤさん、具体的に幻術を解く方法のですが、単に禁足地の側まで連れていけば大丈夫ですか?」

「うん、それで大丈夫。そこからは私がやる」

「分かりました。ただ以前話したように幻術の解いた後はアローによる爆撃があるので急いで禁足地から離れる必要があります。いつでも逃げる準備を」

 

 サヤが頷くと、シバは銃の安全装置を外した。


「僕が前に出ます。サヤさんは真ん中、カイは後ろに付いて下さい」

「わかった」とサヤが言った。続けてカイが「了解」と言って親指を立てた。


 二人の返事を聞くとシバは銃を構えつつ小走りで移動し、丘を下った。サヤとカイが後に続く。それから3人は野原では頭を低くしてゆっくりと移動した。キシューはその様子をスコープ越しに確認すると、大きく息を吸った。


 キシューは目を見開き、多くの光を取り入れる。シバたちの進行方向に村人が一人。キシューはもう一度深呼吸し、しかし吐き出さず息を止める。敵の胸元に十字線を合わせて、引き金を絞る。サプレッサーの軽く乾いた音が敵の死を告げた。隣のトサが「命中」と小声で報告する。


「グッドキル」

 シバは無線を送りつつ、サヤとカイと共に村人の死体の横を通る。しばらく進むと前方に村人が2人。立ち話をしていた。


「ちょっと狙いにくいね」

 キシューが無線で話す。シバは「こっちで処理します」と返答するとカイに目線を送る。カイは頷くと2人してナイフを取り出す。共に後ろから忍び寄って、村人それぞれの首にナイフを突き立てた。


「パトロール。9時方向」

 トサから無線が入る。シバとカイはナイフを死体の首から抜き取り、それからわずかな窪みに身をかがめた。左に視線を移すと村人が3人見えた。


「キシュー、そっちで2人いけるか?」

 カイが無線を送ると「了解。漏らしたらカバーして」と返ってきた。数秒後、村人2人が倒れる。残る1人が驚く隙をついてカイが疾走し、その村人にタックルを食らわせるとそのままナイフで村人を滅多刺しにした。


 カイはシバに向かって親指を上に立てる。シバは頷くとナイフをしまい、サヤに手招きした。


「周りには誰もいない。残りは散らばってる。そのまま進んで」

 キシューの無線を合図にシバは速度を上げる。それから3人は禁足地である森の始まり、その境界に立っていた。


 高い木が門番のように立ちはだかり、その合間を濃霧が埋めていた。上部で広がった枝葉が日光を遮り、入り込んだわずかな光も霧の中で拡散する。おかげで森の奥は見えない。シバとカイは思わず身震いするが我に帰ると膝をつき、銃を構えて周りを警戒した。


「サヤさん。頼みます」


 サヤは頷くと木々と濃霧を前にして立つ。手で印を結ぶ。それから目を閉じて小さな声で囁き続けた。


「ナイフ貸して」

 サヤが言う。シバはカイと互いに顔を見合わせたが、何も言わずナイフを抜き取るとグリップを向けて渡した。


 サヤは受け取ったナイフで自分の手のひらを切ると、あふれ出た血で濡れた手をそのまま足元の土に押し付けた。土に染み込んだ血が次第に木の根っこのように広がっていき、禁足地の領域へ伸びていく。


「御主が返ってきたぞ」

 サヤは小さく呟くとナイフをシバに返し、それから自分の手についた土を払った。シバは怪我を心配をし、サヤの手を思わず掴んで見るがもう傷は無かった。


「一体どういう……」

「ほら、爆撃させるんでしょ? 離れないと」


 サヤは少しからかう表情を見せると、禁足地から離れるために歩き出した。シバとカイも後に続いた。


 3人は禁足地の境界から50メートルほど離れると地面が盛り上がっている場所を見つけ、そこに身を隠した。そこから禁足地の森を見るが、特に変わった様子はなかった。


「大丈夫なのか?」

 カイが尋ねる。


「見てて」

 サヤの言葉の後、森にかかっていた濃霧が徐々に薄れていく。いくつかの木々が水の中に落とした絵の具のようにゆれると姿を消した。禁足地の中に日差しが優しく入り込み、その全貌を照らす。


 美しい木々と草花、自然に侵食された石垣と古い鳥居。柔らかな光のスポットライトが森の各所を照らし、その明暗差が目を引く。しかしシバ、カイ、サヤの3人は表情をくもらせた。


 美しい自然の間を這うブヨブヨした巨体の怪物、体から無数の触手を生やした者、武器を手に睨みをきかせり血まみれの村人。開放された禁足地の中にはすでに50人ほどの村人が結集しており、殺意をたぎらせていた。ふとその内の1人がシバたちのいる場所に目をやる。3人はとっさに身を隠す。


「今、見られたか?」

 カイが聞くとシバはゆっくりと草の合間から禁足地を覗いた。


 何人かの村人や怪物の視線がシバたちの隠れ場所に向いていた。指を差しながら何かを話す者もいて、武器を手にこちらにゆっくり歩く姿が見えた。

 

「アロー、レディ」

 シックルからの無線が入る。


「シックル、もう幻術は解けています。今すぐ航空支援を!」

「了解。ターゲットを確認……照準システムは正常に動作」


 カイも草の間から禁足地周辺を覗く。猟銃や斧を持った村人がまっすぐこちらに向かってきていた。


「おい! 早くしろ、敵が近づいてきてる」


 カイが焦り、シックルが無線で返す。


「カイ、急かさないでください。AIを焦らせても良いことはありません。CPUが熱で爆発してしまいます。まぁ、嘘ですけど。ターゲット周辺に動体を確認、マーキング完了」

「冗談はいいから急げ!」

「カイ、大事なのは深呼吸です。はい、吸ってー。アローの武装展開オールグリーン。はい、吐いてー。あ、そちらの位置を確認したいのでIRレーザーで合図を」

「クソロボットめ!」

 

 カイは懐から赤外線レーザーポインターを取り出すと、それを空に向かって照射しながらグルグルと回した。肉眼では見えないその一筋の光線をシックルは見逃さなかった。


「そちらの位置を確認。下向きの花火にご注意ください」


 空から雷鳴が響き渡る。しかし雨雲も稲光もない。代わりにバルカン砲から放たれた多数の20ミリ弾がシバたちに近づこうとする村人たちを引き裂いた。

 さらに雷鳴が続く。禁足地の領域に向かって榴弾砲と機関砲が雨のように降り注ぎ、木をなぎ倒し、土をえぐり、辺り一帯を焼き尽くした。禁足地で待ち構えていた者たちは逃げ惑う。ある者は天からの弾丸に引き裂かれ、ある者は爆発とその炎に巻かれた。運が良い者は爆風に吹き飛ばされては体を激しく打ち付けた。


 轟く音が空気を震わせ、鼓膜を打つ。09部隊とサヤは必死に耳を押さえて身を隠した。


 やがて攻撃が止むとシックルから無線が入った。


「ターゲットの正確な位置を特定。そのまま攻撃を加えます。そのままお待ちください」


 シバはちらりと禁足地を見る。先程の美しさは消え失せており、焼けた木々と土が広がっていた。視界を遮っていた樹木や岩は破壊され、禁足地の真ん中にある神の祠がシバの位置からでも小さく見えた。

「キレイな森だったのに勿体ない。こんな状況じゃなきゃ森林浴でもしたいんですが」

 シバが言う。


「あの気持ち悪いのに侵食されてたから、どのみち無理でしょ」

 サヤが冷たく返した。


「何にしろこれで任務完了だな」 

 カイの言葉と同時にまた雷鳴が響く。禁足地の中心、祠がある場所にさらに榴弾と機関砲が撃ち込まれた。数秒ほど経った後、シックルから再び無線が入った。


「アローからハウンズ。問題発生です」


 シバが答える。

「シックル、報告してください」

「ターゲットを囲うように不明なエネルギー防壁が展開されています。攻撃の効果なし」


 シバは物陰から身を乗り出すと銃を構え、その低倍率スコープから禁足地の中心にある祠を見た。そこにいたのは村長の田村だった。しかし以前の姿ではなく、体が変異し無数の触手が背中から生えていた。また赤褐色の肉片が上半身を覆い、特に右腕は太く膨れ上がっていた。腕には多数の房が生え、それは青白く発光していた。


「シックル、追加で攻撃を!」

 シバはスコープから田村を捉えたまま、指示を出した。シックルは「了解。攻撃再開」と返す。再び雷鳴が鳴り響くと祠へ向かって榴弾が降り注いだ。すかさず田村はその膨れた右腕を空に向かって掲げる。その房がより一層輝くと、榴弾が不自然に逸れて祠の周辺に火柱を上がった。シックルが無線で話す。


「報告。攻撃の効果なし。アロー及びハンマーの合計弾薬、残り25パーセント」


 煙の中、田村は周りを見渡し、それから大声で叫んだ。


「よそ者ども、聞いてるか! これがホヨ様から賜った力だ。そしてかの神は寛大だ。降参すれば今からでもホヨ様が抱きしめて下さる。拒否すると言うのなら、悲惨な死が待ってるぞ」


 シバは再び身を隠すとサヤとカイの顔を見た。2人とも首を横に振った。


 トサから無線が入る。

「厄介なことになったな。破壊用の爆弾ならこっちにもあるがどうする?」


 シバが答える

「村長を排除しないことにはどうにも」

「直に殺るか?」

「いえ、あの右腕が厄介です。銃弾を全部無効化されたらどうしようもありません。肉弾戦も……まぁ、無理でしょう」


 サヤが小さく手を上げた。


「はい、提案!」

「どうしました?」

「私を村長のところまで連れて行って、そしたら……」


 カイが気付いて目を丸くする。


「おいおい、あのピカピカ腕のやつも無効化できんのか?」

「多分ね。でも無効化できるのは私が村長の近くにいる間だけ」


 サヤはシバに目をやった。


「最善を尽くすんでしょ?」


 シバは頷くと無線を入れた。


「トサとキシューはこちらへ合流してください。シックル、ハンマーの出撃準備とアローによる支援を。VIPを守りつつ、祠に向かいます」

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