第9話 揺り籠のサナギ
パッケージポイントに進む途中、遠くの方で火の手が上がっていた。それは深夜の闇の中で美しく揺らめいていた。キシューが「あれ、あんたが?」と聞くとハンマーは親指を立てた。
それからも一行は歩き続け、パッケージポイントについたのは明け方頃だった。
そこは森の中にある高さ3メートルほどの小さな谷になった場所で、複数の大木に囲まれており、その根っこが谷間に垂れていた。上からハンマーが見守る中、09部隊とサヤは谷の入口の傾斜を下り、自然にできた狭い通路を進む。しばらく歩くと少し広まった場所にたどり着く。土と岩場の壁面の奥まった場所、陰になった場所に人間が2、3人は入りそうな大きな金属製の箱が隠されていた。
ウォッチャーがシバたちの間を縫ってはその箱に乗っかり、認証を済ませると箱の留め金が外れる。シバとカイが二人がかりで開けると、中には銃器、弾薬、食料、応急キットなどの物資が入っていた。
09部隊は準備を進めた。トサやキシューは弾薬を取り出すと装填し、予備弾薬も自分のポーチやベストに押し込んだ。シバは弾薬と共に新しい携行式無反動砲を取り出すと、背中に背負っていた使用済みのものと入れ替えた。カイは食料のうち、缶シチューを取り出すとサヤに渡した。
「腹ごしらえしとけ」
サヤは食料を受け取ると、離れた場所にある石に腰を降ろし、缶シチューをまじまじと見つめた。
トサは物資入りの箱の中をまさぐると黒と赤のラインに彩られた缶ジュースを取り出した。それを見てカイが尋ねた。
「何だそれ?」
「エナジードリンク。作戦前に入れといたんだ。ぬるくなってるがまぁ、イケるだろ」
「何!? 酒はダメだったのにそれは良いのか!?」
「いや、酒はダメだろ」
「効能と健康への悪さを考えたら同じもんだろ?」
「一緒にするな」
二人の会話を横目にキシューは「水で良いだろ」と一言呟くとクッキーブロックを頬張り、水を飲んだ。
シバは離れたところに座ると缶シチューを空けて食べ始めた。冷たいが油は固まっておらず、牛肉とじゃがいもの味はしっかり残っていた。シチューを頬張りながら、手近な石の上に地図を広げる。どのルートを通り、どう攻撃を仕掛けるか。支援と戦力をどう運用し、どう集中させるか、シバは考えていた。
頭を回転させて集中していると、近くに人の気配を感じた。シバが目を向けるとサヤが少し困った顔で立っていた。その手には缶シチューが握られていた。
「開け方が分からなくて……」
シバはサヤの缶シチューを手に取ると、縁に付いていた缶切りを取り外し、それを使って開けた。サヤはお礼を言うとその場に座って、添え付けの小さな金属スプーンで缶シチューを食べ始めた。口を大きく開けて頬張る。
「温めるともっと美味しいのですが」と言ってシバも一口食べる。
それからしばらく互いに言葉はなく、森の間を流れる風の音と鳥の声が聞こえるのみだった。時折、咳払いと小さな話し声、スプーンが缶に当たる音が鳴る。
サヤは次第にそわそわし始め、遠くにいるキシュー、カイ、トサを見る。それからシバの方に向き直ると口を開いた。
「私のこと……他の人に言ったの?」
シバは首を横に振った。
「どうして?」
サヤが聞く。シバは一息入れると話した。
「僕達の任務はあくまで祠、つまりターゲットの破壊です。それ以上のことは言われていません」
「何だか……屁理屈っぽいけど」
「そっちの方が、サヤさんにとって都合が良いかと」
「まぁ、そこは否定しない」
「ただ確認なんですが、禁足地の幻術の件は……」
「それは問題ない。自分の庭に入るようなものだからね」
「助かります」
シバはスプーンを口に運びながらチラチラとサヤを見た。サヤはそれを察して目線を合わせる。
「聞きたいこと……あるんでしょ?」
サヤの一言にシバは目を丸くした。それから申し訳なさそうに話す。
「実はそうでして」
「いいよ。私が村の人たちを――」
「サヤさんってデカい蛹になったりするんですか?」
「は?」
サヤは口をあんぐり開けた。
「いえ、サナギ様って言うぐらいからキレイな緑色のでっかい蛹を――」
「そんなわけないでしょ。サナギっていうのは”幼い”とか”大人の一歩手前”の比喩。私、思春期の神!」
「そうなんですか……。見たかったなぁ、でっかい蛹」
「他に聞くことあるでしょ……」
「ああ。サヤさんが村人をこの土地に縛り付けてた話です?」
サヤは大きくため息をついた。シバが立て続けに聞いた。
「村人を外に出さなかったのは何か事情が?」
「事情なんてない、これは私自身に掛かってる呪いでもあるの。自分でさえ制御できなかった」
「ふむ」
「この力は元々、遥か昔にお父様が授けてくれた。巫女たちと私の繋がりの力。邪なる者を退けるのに役に立つことも多かったけど、時間が経つと厄介なものになっていったの」
「何百年も村人を縛った?」
「そう。神と人の時間の流れは違う。後世の人が村を作る頃には巫女の役割は形骸化してた。その頃には私はただの厄介な神だった。それでも仲良くしてくれる村の人たちは沢山いてくれた。色んなことを諦めてね」
「でも自分で制御できないならどうしようも……」
「違うの。この呪いを解く方法は分かってた。何百年も経って私が大きくなった後にだけど。でも……私にはそれをする勇気が無かった」
サヤは口籠る。それから食べる手を止め、虚ろな目で前を見つめたまま動かなかった。しばらくして缶シチューの残りを食べきるとまた話し始めた。
「私は怖がって、そしてみんなに甘えてた。ここは優しい揺り籠でずっといたい。でもその変わりずっと……」
「じゃあ、やめちゃいましょう。村の人を解放するの」
シバの返答にサヤは思わず目をやった。
「でもそれじゃ……」
「良いじゃないですか。ずっとこのままでも。村の人にはすごく怒られそうですが」
「私が言うのもなんだけど、中々の薄情者だよね」
「そういう一面も……ありますが。でも僕はサヤさんの味方であることを選んだだけです。サヤさんが幸せにならないならその選択なら選ぶ必要はありません」
「みんなを閉じ込めたままにしても?」
「僕は呪いを解く方法についても知りませんし、さっきの言葉もどこまでいっても無責任なものです。でも全員を救えないなら一番身近な人の味方に立ちます。部隊のみんなもそうですし、サヤさんもそうです」
サヤは微笑む。その目に浮かんだ涙を隠すように、シバから顔を逸らすと少し恥ずかしそうにしながら自分の髪を撫でた。それから少し落ち着くとシバの方に顔を向けて話した。
「……もしかして上司によく怒られるタイプだったりする?」
「ええ、おかげで出世コースからは外れまくりで。他のみんなもそうですが」
シバは他の09部隊の面々に視線を送る。それからサヤの方へ向き直った。
「僕はあなたのどんな選択も尊重します」
そう言ってシバは缶の中身をスプーンですくい上げ、最後の一口を食べた。サヤはシバをちらりと見ると、握り拳でその肩を軽く小突いた。
「ありがとう。少し気が楽になった。でも……」
サヤはその手をぎゅっと握りしめ、唇を噛んでは鋭い視線で一点を見つめた。心配したシバはサヤの肩に手を置くと話した。
「でもとりあえずはターゲットの破壊しないと。お互い最善を尽くしましょう。後ろで盗み聞きしているAIも」
シバが自身の背後に視線を向け、サヤもそれに続いた。草と岩の陰からウォッチャーが申し訳無さそうにゆっくりと身を乗り出した。
「いえ、盗み聞きではありません。会話サンプルの取得です」
「サンプルって何のですか?」
シバが聞くが、ウォッチャーはそれを無視して草むらの中に再び身を隠すとそこから飛び上がり、垂れている太いツタに張り付いた。
「神と人の貴重な会話サンプルです。しかし私は気遣いができる支援システムなので報告せず黙っています。それでは周りを偵察してきます」
シックルはそう言うと、ウォッチャーボディのカメラをサヤに向けた。少し見つめた後、その多脚を動かしてツタを登るとやがて見えなくなった。シバとサヤはお互いに顔を合わせると肩をすくめた。それからシックルと入れ替わるようにカイが2人の下に来ると髭を撫でながら口を開いた。
「お二人さん。ご歓談のとこ悪いが、今後どうするか話し合いたい。来てくれるか?」
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