第6話 夜の山
「ええ、民間人が8名で感染していません。ですが僕たちだけでは……」
「う~ん、救出部隊の準備はしておくけど、さっきのドンパチでその村の”戸締まり”が厳しくなっちゃって。君たちが祠を壊さないことね~」
「分かっています。ただ今は部隊とVIPに仮眠と食事を取らせます。禁足地までの体力は温存しないといけません」
「了解。他の民間人はどうする?」
「幸い、ここは安全です。引き連れて移動すれば目立ちますし、任務完了までここにいてもらうか、もしくはパッケージポイントに移るのが懸命かと。念のため、ハンマーをこちらに向かわせています」
「了解。こっちも引き続きアローで情報集めるね~。ファーマー、アウト」
日は完全に落ち、もう夜だった。遭遇した人々は村の惨劇を逃れた者たちでシバたちに期待を抱き、目を輝かせていたが状況を説明されると表情は再び曇った。
09部隊は所持していた携帯食料、クッキーブロックやチョコレートを山小屋の村人やサヤに分け与えた。それからシバは見張り役に名乗り出て、他の三人とサヤに山小屋にて睡眠を取らせた。
食事を終えた村人も再び山小屋に籠もると眠りについた。
シバは小屋の外、できるだけ広い範囲が見える場所に陣取ると草木に紛れ、背負った無反動砲の位置を直すと座り込む。敵に見つかることを恐れ、明かりはつけなかった。だが木々の間から月の明かりが差し込み、森全体が闇に飲まれることはなかった。夜行性の虫や鳥の鳴き声が静かに響き渡り、それがシバにとって束の間の癒やしになった。
ふとシバは胸を擦った。そこは村人の放ったライフル弾が当たった箇所だった。防弾プレートで弾丸が体に入らずに済んだが触るとズキズキと痛み、思わず顔が歪む。恐らく打撲しているのだろうとシバは思った。
「怪我してるの?」
突然の声にシバが顔を上げるとそこにいたのはサヤだった。
「いえ、そういうわけでは」
「でもさっき痛そうだったけど」
「まぁ、大したことありません」
「やっぱ、怪我してるじゃん……」
サヤは少し服を整えると隣に座った。シバは思わず二度見したが、すぐ視線を前に戻した。二人共しばらく沈黙していたが、シバが先に切り出した。
「えっと……ご趣味は?」
「は?」
サヤは口を開けてぽかんとしていた。
「すいません。あまり雑談が上手じゃなくて」
サヤは少し照れくさそうに微笑む。
「えっと、散歩とか?」
「散歩……」
「まぁ、田舎だから」
「外に遊びにいったりとかしないのですか?」
「この村のこと知らないの? てっきり調べてると思ってたけど」
「僕たちは事件のこと以外は何も……」
シバは申し訳なさそうに首を横に振った。
「この村の人はね、外に出られないの。サナギ様のせいでね」
「というと?」
「前に言った通り、ここは巫女の修行の地だった。でもその目的は幼い神を守るためなの」
「その幼い神がサナギ様ですか?」
「そう。ここは巫女の修行場でもあり、神の揺り籠でもあり、呪術的要塞でもある。邪なる者を代々に渡って退けてきた。それがこの村」
「それと外に出られないことに何の関係が?」
「神とはいえ所詮は幼子、母親の指を握って離さない赤ん坊のように世話役である巫女の子孫、つまり村の人たちを離さない。何世代もね」
「それだと村自体が滅びてしまいそうですが。ほら、物資の供給とかで」
「外に出られないと言っても少しの遠出なら引き戻されない。みんなそれで何とかやってきた。近隣の地域から物資を調達したり、人によっては外からお嫁さんやお婿さんを連れてきたりね」
「生きる上では問題ないように聞こえますが」
「生きる上ではね。問題は閉塞感や圧迫感、ここの人たちの心の問題なの。自分たちの境遇を知れば知るほど将来に希望が持てなくなる。外のことなんて動画や画像で見るだけで、本当の自由はない。だから自ら命を絶つ人も時々出てくる」
サヤの少し寂しそうな横顔からシバは目を離せなかった。
しばらくの沈黙の後、シバが先に口を開いた。
「もしかして田村さんは村から自由になるために今回のことを?」
「多分そう。神の呪いから抜け出すために異なる神の力を。単純だけど効果はある。でも不思議なの」
「不思議?」
「田村さんは元々、村の外の人なの。亡くした奥さん、サユリさんのところに婿入りで来た。つまり血筋的には巫女の子孫じゃないからサナギ様の束縛は受けないはず」
「う~ん、となると奥さん絡みで何か動機があったんでしょうか?」
「そうかもしれないけど家族事情までは私もさっぱり。それに動機といったらこの村を出たい人は何人もいるだろうから」
「頭がこんがらがってきました」
目を閉じて悩むシバの顔をサヤはじっと眺めていた。しばらくしてシバの肩を小突く。
「次、そっちのこと話して」
サヤが言った。シバは目を開けて少し驚いた表情を向けた。
「僕のことですか? まいったな」
「いつもこういう仕事してるの?」
シバの持っているアサルトライフルをサヤは人差し指で軽く叩いた。
「ええ、まぁ、そうですね」
「よく分からないけど、普通の軍人さんとか警察みたいな仕事じゃなくて?」
「そういう時代もありましたが、今は怪異絡みの案件がほとんど……というか全部ですね」
「なんでこの仕事を?」
「えっと、それは……」
シバはバツの悪そうな顔でサヤの表情をうかがった。サヤは「話せ」と言わんばかりに、眉間にシワを寄せては頷いた。
「僕、実は故郷が無くて。いわゆる霊的災害ってやつで全部ダメになっちゃいまして」
「あ、ごめん……」
「ああ、良いんですよ。もう子供の頃の話ですから。まぁ、そういうこともあって、この仕事に付きました」
「怪異を、神や精霊を……憎んでる?」
「最初はそうだった……かもしれません。よく分からないんです、人助け願望と憎しみが混じり合ってて、軍にもただ何となく入隊しました。それからこの役職のことを知ってこの部隊に入って。それから怪異絡みの仕事ばかりです」
シバは少し懐かしそうに微笑んだ。
「僕はもしかしたら、この仕事を通じて復讐をしているのかもしれません。もう自分の故郷は無いけれど、誰かの故郷なら守れる。意外と地域絡みの案件多いですからね、この仕事」
サヤは深呼吸するとただ真っ直ぐ見て物思いにふけった。それからシバを横目で見てから話した。
「私も……そうなりたい」
「大丈夫ですよ。もうすでにあなたは自分の故郷を守るために戦っています」
シバはサヤに手を差し出した。
「一緒にあなたの故郷を守りましょう。僕達も最善を尽くします」
サヤは微笑むと手を出して、シバと握手した。強めの握力でサヤは手に少し痛みを感じた。
「ちょっと痛い……」
「ああ! すいません」
シバは慌てて手を話して腕を引っ込める。
「ありがとう」
そう言うサヤは先ほどより顔が明るかった。
「全部終わったら私も――」
「ちょっと待って下さい」
突如、シバが手を上げて制止する。その目は遠くを見ており、サヤも視線を追う。先にいたのは山小屋で寝ていたはずの保護した村人のうちの1人だった。その男は外に出て林の奥に向かって歩いていた。シバは立ち上がると駆け足でその村人に近寄る。サヤも何となく寂しくなって、シバの後ろをついて行った。
「どうかされましたか?」
シバが声を掛けると男が振り向いた。
「すいません。ちょっと小便に」
男は少し申し訳なさそうに会釈した。
「分かりました。ただこの状況ですのでこの山小屋からあまり離れないでください。トイレも背の高い草か木の陰で。僕達以外の人を見かけたら隠れて下さい。いいですね?」
「ああ、はい」
シバは自分の後ろにサヤがいることに気付くと振り向いた。
「サヤさん、すいません。さっき何か言いかけて」
「大丈夫。大したことじゃないから。もう遅いから私寝るね」
「そう……ですか。おやすみなさい」
シバはにこやかな表情で返したが、サヤの方は物憂げな表情で背を向け、みんなのいる山小屋に帰っていった。側にいた村人の男はサヤの背中をずっと見ており、彼女が小屋の中に入ると口を開いた。
「あの子、アンタたちの連れ?」
シバは顔をしかめた。
「いえ、あの子はこの村の――」
「え? 知らない子だけど」
「それはどういう……」
「いや、この村は俺みたいな中年や老人ばかりだから、子供は珍しい。数が少ないから顔見たら大体分かるけど、あの子は見たことないよ」
シバは言葉を返すことも忘れ、混乱し、黙り込んだ。様々な考えが頭を巡るが男の声がそれを遮った。
「すまんけど、もう行っていいか? 限界だ」
「ああ、すみません。どうぞ」
男は下腹部を手で押さえながら、そそくさと林の奥に消えた。
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