第4話 巫女
09部隊は緑の葉に茶色混じりの草が生い茂る雑木林を進んでいた。小枝や枯れ葉を踏みしめる音、心地よい風と鳥のさえずりが聞こえた。シバは自分の前方、その風景に違和感を感じると後ろにつく他3人に隠れるよう小声で指示を出した。ウォッチャーが土の上を素早く這い回っては先行し、木の幹を伝って上に昇った。そこから徘徊する村人を2人確認した。
シバは村人の1人の後ろに忍び寄り、ナイフを取り出すとその首に刺し込みながら後ろに引き倒した。それから2回、胸元に刺し、それから脇の下に深く刺すと村人は動かなくなった。
音に気付いたもう一方の村人がシバを見つける。しかしキシューの放った弾丸はその側頭部を貫いた。消音器特有の控えめな銃声と共に村人は倒れたが、唸り声を上げならが立ち上がる。すかさず2発目と3発目の弾丸が村人の胸元に入り、地面に引き倒す。すでに絶命はしていたが4発目が倒れた村人の頭に撃ち込まれた。
「クリア」
無線から抑えた声が聞こえると後ろに控えていた三人は茂みの中から立ち上がり、銃を構えながら駆け寄り、シバの元に集合した。
シバは木の幹にしがみ付くウォッチャーにハンドサインでさらに前方の方向を指し示した。シックルはウォッチャーを操作して素早く木を降りて草の中に紛れる。
シバは同じく他の三人にも方向を指し示すハンドサインを出した。09部隊の全員が同じ方向を見据える。目線の先にはいくつか廃家があった。荒れた木造の家屋のくすんだ色が林の中で存在感を放っていたが、着実に自然の侵食を受けていた。
廃家の近くには隠れるには良さそうな岩がまばらにあった。シバはその内の1つに身を隠すと胸元の無線機を掴む。
「ハウンズからファーマー」
「こちら、ファーマー」
「チェックポイントに到着。これよりVIPと接触する。オーバー」
「りょうか~い。アローによれば周囲に目立った動き無し、接触の際は合言葉を忘れないように! ファーマー、アウト」
無線を切ると、シバは部隊に再度ハンドサインで進行方向を指し示す。それを合図に09部隊は横一列に陣形を組んで銃を構えつつ、やや駆け足で進んだ。
廃家の群れに辿り着くと、近場の家から中を確認した。部隊の誰もが建物に入る瞬間、心臓が高鳴った。そして中に誰もいないことを確認すると深く息を吸った。
そうして何軒かの廃家の中を調べていると、何か物が落ちる音が部隊全員の耳に入った。シバとキシューが視線を右往左往させ、音の発生源を探っているとトサが方向を指し示した。
カイもそれに続き、四人の目線が奥にある廃家に向く。ウォッチャーが素早くその廃家の外側に取り付くと割れた窓から中を覗いた。
「女性、1人、武器は無し」
シックルの機械音声が無線のイヤホンを通して全員の耳に入る。09部隊は素早く静かに廃家まで駆け寄る。シバはドアの側に張り付くと、大きめの声で聞こえるように喋った。
「ノック、ノック」
数秒、返答はない。緊張が走り、全員が引き金に指を掛ける。
「ノック、ノック」
シバはもう一度言った。返答はない。シバがドアに手をやると、か細い女性の声が中から聞こえた。
「地主は1つ、犬は4つ」
それを聞いたシバは大きく息を吸う。
「VIPです」
シバは他の三人にそう伝えると、ドアを開けた。09部隊の四人は素早く廃家の中に入り、部屋の中央にいる少女を無視して隅々まで敵や罠がないか確認する。それぞれが「クリア」と声を上げると構えを解き、銃口を下げた。
「あなたが内部告発者ですね?」
シバの問いに、少女は首を縦に振った。タブダブのシャツに半ズボン、履いている靴は所々擦り切れていた。少し整った黒髪のストレートにあどけなさが残る顔、年は10代後半に見えた。
トサが計測器を取り出すと、それを少女に近づけた。針が一瞬右に振れたが、その後は左に停滞した。数秒待ったが、その状態から動くことはなかった。
「感染してない」
トサが言う。少女は怪訝な顔で計測器を見ていた。
「何……それ?」
「すみませんがあなたがその……他の村人と同じじゃないか調べさせてもらいました」
シバが答えた。
「名前は?」
キシューがぶっきらぼうに聞くと少女は口を開いた。
「サヤ、大上サヤ。それで……化け物を何とかしてくれるの?」
「ああ、もちろんだ。化け物をぶっ殺しに来た。なぁ?」
カイは返事ついでにトサに目線をやる。トサは「そうそう。ぶっ殺しにね」と二つ返事で返した。だがサヤは不安げな顔は変わらず、それを読み取ったカイとトサはお互いに顔を合わせると無言で「お前がどうにかしろ!」となすり合いを始めた。
しばしの静寂の後、シバがサヤに話しかけた。
「サヤさん、早速ですが聞きたいことが。化け物を倒すには中心となる核を破壊しないといけません。それはこの事態の中心になっている場所です。心当たりはありますか?」
「核?」
「そうです。たとえば、神社や祠、何か特別視されている木や岩などです。どうですか?」
「それは多分……禁足地の祠だと思う」
「禁足地? 詳しくお願いします」
「禁足地っていかにもな場所だな」
トサが小声でカイに言うと顔をしかめた。
「この村はサナギ様っていう女の神様がいて、禁足地というのはサナギ様を祀る祠とその周辺のことを言うの」
「サナギ様ってのは何だ? 村の奴らが言ってたホヨ様とは違うのか?」
カイが聞くとサヤは首を縦に振った。
「サナギ様はずっと前からこの村の守り神だったの。でもホヨ様……あの化け物が入ってきて、もうメチャクチャに」
「ホヨ様について何か知ってることは?」
シバの質問にサヤの表情が歪む。
「私も詳しくは知らない。ただ3ヶ月前ぐらいに田村が村長になってから、みんながホヨ様ホヨ様って段々と狂っていって。まるでサナギ様なんていなかったみたいに」
「田村ってあの偉そうにしてたジジイか」
キシューが話すとシバは頷いた。
「その田村って人について教えて下さい」
シバは話を続けた。
「この村に昔からいる普通のおじさん……だった。ただ数年前に奥さんが亡くなってから荒れてたって聞いてて。それが最近になって急に”良い人”になって、それからトントン拍子で村長に……」
「彼がホヨ様を広めて、村人を化け物に?」
「そう。最初は田村の親戚や役所の人が化け物になった。こそこそ隠れてやってたみたいだけど、人数が増えていくと仲間の増やし方もエスカレートしていったの。家に押し入ったり、逃げようとする人を捕まえて無理矢理に……。抵抗が激しかったり、なぜか化け物にならなかった人は殺された」
シバはトサに目をやった。質問内容を察したトサは「免疫や適合の問題があったのかもな。推測でしかないが」と答えた。
シバは顎に手を当てて、少し考え込むと再度サヤに話しかけた。
「禁足地に話を戻しましょう。そこにはどう行けばいいですか?」
「禁足地は野原の中にある孤立した森になってる。でも中には入れない。入ってもいつの間にか外へ帰されて中心にある祠には辿り着けないようになってるの。ただ巫女だけは違う」
「巫女……ですか?」
「この村は元々、力を持った巫女の修行の地でいくつかの家系はその血筋。その家系の若い女性が神事の際には巫女の役割を担って、他人を祠に導いてた」
「つまり僕たちが祠に辿り着くには巫女が必要ということですか。その巫女たちは今どこに?」
「みんな殺されたか化け物に……。私以外は」
シバは目を丸くした。
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