第3話 プランB

「何でバレたんだ?」


 山道の中腹、道路から外れた茂みの中にカイは機関銃を構えながら伏せ、草木の合間から辺りの様子を伺っていた。後ろで戦闘服への着替えと装備のチェックをしているシバとキシューに質問したが二人は顔を見合わせ、口籠るだけだった。シバが意を決して言おうとすると「言うな」とキシューが止めた。


「どうせ、上に報告することになるんだから今のうちにゲロっちまえよ」

 トサは車の荷台から下ろした金髪の村人の死体を木の陰まで引きずりながら持っていった。そのすぐ側にはシックルが操作するクモ型ロボット、ウォッチャーがいた。


 シバはキシューの様子をうかがう。その顔は不機嫌そうだったが、どこか諦めの付いた様子にも見えた。キシューの態度を確認するとシバは口を開いた。

「お隣のおばあさんが僕達に結構世話を焼いてくれてたんですが、それがエスカレートしてきて」

「どんな?」

「”子供は作らないのか”とか”夜の方はどうなんだ”とか……結構、踏み込んだやつです」


 トサとカイは渋い顔をしながらお互いを見合わせた。シバが続ける。


「”忙しくてここ数ヶ月してないですね~”って受け流したつもりだったんですが、そのおばあさんスゴい表情になって。それからやけに監視がキツくなったというか」

「しょうもねぇ」

 カイが返す。


「ごもっとも。次第に他の人たちからの”お節介”も多くなって。VIPとの接触も厳しい状況で……。加えて謎の儀式やなんやらで、その……キシューがキレました」

 それを聞いたカイが無言でキシューを見つめた。その顔は明らかに不機嫌そうで余計な質問をされることを拒否しているようだった。それを知ってかカイが言葉を発することはなかった。


「そういうの”邪神、子作れババア”として登録して取り締まれそうだな」

「それ賛成」

 トサの冗談にキシューが静かに答えた。彼女はセミオート式の狙撃ライフルに装弾すると、髪をまとめて深緑色の野球帽をかぶった、


「今度のミーティングでボスに言ってみろ、それ」

 カイが言った。


 それを聞いたシバは少し考えながら、車から単発使い捨て式の携行無反動砲を取り出し、ストラップ部分を肩に斜めに掛ける。カイが事前に用意してあった大きい枝葉や背の高い草木の束を担ぐとそれらを被せて車体を隠した。


「でもあの人、本当に上申しそうじゃないですか?」

 シバの言葉にトサとキシューが静かに首を縦に振った。


 一方、トサは腰から計測機を取り出すとそれを金髪の村人の死体に近づけた。計測器の針が勢いよく右に振れるのを見た後、顔をしかめる。続けて横にしたシックルに話しかけた。

「シックル、そのボディだと確かブリーチング用のレーザーが付いてたよな」

「その通りです。トサ」

「じゃあ、低出力モードでこいつの胸部を切開できないか?」


 トサは目の前にある村人の死体を指した。

「拒否します」シックルが返答する。

「なんでだ?」

「良いですか、トサ。私のウォッチャーボディについているレーザーモジュールが如何に素晴らしいか。あなたは知らないでしょう?」

「はぁ?」


 シックルはそのクモ型の体を自らひっくり返し、腹部についているレーザー照射装置をトサに見せつけた。


「この気品あるれるフォルム、綿密に組まれた内部構造、様々な状況に対応した機能性。分かりますか?」

「分からん」

「つまり胸部の切開のような汚れた……失礼、不潔な作業には向かないということです。このような場面ではナイフが適切でしょう。刃物のような下等で下劣な道具こそ合っています」


 トサは一呼吸置いた。


「お前を潔癖に設計した奴の首を絞めてやりたいよ」

「ジョークを検知」

「本音だよ。まぁ、拒否するならこっちにも手がある」


 トサはウォッチャーの体を両手で持ち上げるとレーザーが付いた腹部を村人の死体、その胸の部分に向けた。


「実はお前に関するお得な情報を手に入れてな」

 ウォッチャーのカメラがトサの顔に向くと、その表情は笑っていた。


「音声コマンドを実行、パスコードはえっと……」

 トサは懐からくしゃくしゃのメモ用紙を取り出すと、それを片手だけで何とか広げ内容を読み取る。


「お、これだ! えっとパスコードはCB256RT1287VAB」

「トサ、それは! ”生体認証を実行、確認完了” あっ、声が勝手に! ”強制命令モードを承認” ひどいことしないで!」


 ウォッチャーのボディから伸びる脚をバタつかせ抵抗するが意味はなく、シックルの思惑とは別にプログラムが走る。

 

「ナイフで胸骨が切れるわけないだろ! おら、とっととレーザー出せ!」

「”強制命令を実行” ひぎぃ! ”低出力レーザーを死体の胸部に照射” いやーっ!」


 トサの持つウォッチャーボディから赤いレーザが金髪の村人、その死体の胸に伸びる。周囲に焦げ臭い匂いが広がり、他の三人は鼻を押さえた。切開は数秒ほどでは完了し、トサはウォッチャーのボディを横に置いた。


「このことはっ! 後で上に報告しますからね!」

「いっとけ」

 ウォッチャーはそのクモの脚をバタつかせながら、近くの木に素早く登り、その身を枝葉の中に隠した。


「ロボットにセクハラしてるやつ初めて見た」

 キシューの言葉にトサはバカにしたように鼻を鳴らすと、手術用のゴム手袋を着けて死体の方に目をやった。


 焼き切れた胸の表皮と薄い筋肉をかき分け、中央にある胸骨に手をかける。血肉のと骨が擦れる音を立てながら大きな骨の塊が外れた。その端々は焼き焦げている。取れた胸骨を側に置くと、トサはナイフを取り出すと死体の胸の部分に差し込み、邪魔な肉を押しのけた。

 生臭さが鼻をつき、不快な吸着音が耳に入る。だがそれが気にならないほど、トサは目の前の光景に釘付けだった。


 そこには本来、心臓だけがあるはずだった。しかしその横に赤褐色の筋張った肉片が張り付いていた。それは太い触手を四方八方に伸ばし、不気味に脈打っている。


 トサの後ろからシバが死体を覗き込み、目に入った光景に顔をしかめる。

「何だかヤバそうですね。トサ」

「いや、逆にラッキーだ」

 トサはそう言うと血に濡れたゴム手袋を外し、軍用グローブに付け替えた。


「実体感染するタイプだ」

「実体感染?」

「怪異が人を操る時、やり方は大きく2種類だ。実体感染か、思考汚染」

「ラッキーってことは、実体感染の方が良いんですか?」

「ああ、通常の感染症と同じで防ぎようがあるからな。思考汚染は対策が難しい」

「それって……僕達は大丈夫なんですか?」

「作戦の前に予防接種やったろ? 大丈夫さ、現代科学に感謝だな。それに事前の資料とか報告からして感染ルートは胚の経口摂取だろうからな」

「胚の経口摂取?」

「つまりこの気持ちが悪い触手の幼体とか卵とかを飲み込むことで感染が成立するってことだ」


 シバは顔を歪ませると死体の心臓に張り付く赤褐色の肉片とその触手をもう一度見た。一瞬、吐きそうに鳴ったが何とか胃に押し留めた。トサはその様子を気にすることもなく、話続けた。


「こういう感染の過程は大抵、儀式化してるもんなんだが、潜入してる時に誘われなかったか? 何かを飲み込むようなやつだ」

「いえ、そういうのは無かったですが……でも……」


 シバは何か思い返したように考え込んだ。


「そう言えば、村長の田村からお達しがありました。『解放のための真の仲間となる儀式』『ホヨ様がお前たちを抱きしめて下さる』とかなんとか」

「いかにもそれっぽいな。それで、お前らどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、その儀式の前に今回のドンパチ騒ぎでして」


 2人をよそにキシューが近寄り、死体の胸にある肉片を覗き込むとトサに話した。


「殺し方は分かった?」

「いいや。だが心臓に核があるからそこを撃つのは有効だろうな。再生を遅らせるか運が良ければ無力化できる。あとは頭だろうな。こいつ、時間が経っても生き返ってない」

「そう。人間と殺し方が同じで良かったよ」


 話の最中、死体がピクリと動く。それに気付いた3人がとっさに銃を構える。

 死体の頭部の傷が癒え、額から鉛玉が2つ捻り出される。切り開かれた胸部は瞬く間に骨、筋肉、皮膚がうごめいては塞がっていく。数秒後、金髪の村人はカッと目を見開き、すかさず09部隊の面々を捉えた。


「ははっ! また生き返った、いいぞこれ! お前らも味わってみろ! 俺がホヨ様に抱きしめさせてやるからよぉ、なんなら今からでも――」


 シバ、キシュー、トサは一斉に銃を撃った。合計で数十発のライフル弾が村人の体を引き裂き、再び死体に戻した。


「おい、銃声で位置がバレちまうだろ!」

 カイの文句に他三人は肩をすくめた。


「それよりシバ、通信の方は繋がったのか?」

 カイが聞くとシバは慌てた様子で胸元にある無線機を操作した。ノイズがしばらく走っていたが、その後にボスの気だるげな声が片耳のイヤホンから聞こえた。


「お~、やっとつながった!」

 すかさずシバが無線機に答える。


「ハウンズからファーマー」

「は~い、こちらファーマー」

「ハウンズは逃走に成功。プランAは失敗。VIPとは非接触。ターゲットの位置は未だ不明。次の指示を求む。オーバー」

「了解。ハウンズ、引き続きVIPとの接触を。実はプランAの失敗を受けて向こうも色々動いててね~。リスキーだけどバックドア経由でこっちからメッセージを流して会う約束も取り付けた。オーバー」

「潜入時は中々会えなかったのに……これ、罠の可能性は?」

「正直あるね~。なので接触は慎重に!」

「了解。位置を求む」

「グリッド086、127。VIPとの合言葉は別回線で伝えるね~」


 シバは膝をつくと腰のポーチから地図を広げ、描かれた座標をなぞる。


「確認した。指定座標付近の状況は?」

「アローで上空から確認してるけど敵影なし。山の麓で雑木林だね~。廃家がいくつかあって待ち伏せされやすいけど、隠れるのにも最適な場所」

「了解。これより向かう」

「は~い。グリッド086、127はチェックポイントに指定、到着後に報告するように! ファーマー、アウト」


 無線が切れるノイズが耳を打つ。


「うちのボス、無線の時ぐらいはしっかり喋ってくれんかねぇ」

 カイはそう言いながら髭を撫でると伏せの状態から起き上がり、膝をついた。シバは愛想笑いで対応すると口を開いた。


「皆さん、チェックポイントに移動しましょう。交戦はできるだけ避けるように。まずはVIPとの接触が目標です。では行動開始!」

 シバは立ち上がり歩くと、他の三人とウォッチャーが後に続いた。

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