第2話 約1ヶ月前、ブリーフィングにて
取締局内にある一室。明かりは消され、窓は閉め切っていた。真ん中にあるプロジェクターの光だけが部屋を照らしていた。
真白のスクリーンには地図が映し出され、それらに向かい合うようにパイプ椅子が5つ並ぶ。そこには09部隊の四人とウォッチャーと呼ばれるクモ型ロボットが座っていた。
前方のスクリーンと09部隊の間にはスーツ姿の小柄で長髪の女性が立っており、その影が映し出された資料とわずかに被る。数日前に染め直したピンク色の髪がプロジェクターの光に当たり、より刺激的な色を放った。
「は~い、皆いるね~」
力の抜けた声が部屋に行き渡ると、09部隊は全員「はい、ボス」と返事した。
ボスは鼻を鳴らすと、わずかに横にずれてスクリーンの映りを確認し、再び口を開いた。
「今回の任務は蛹女村ってとこ~。匿名の内部告発があって、その対処をうちでやることになったよ」
「内容は?」
カイが髭を撫でながら聞いた。
「数週間前から住民の様子がおかしくなって体の異常な変異と暴行殺人、謎の儀式に生贄。えっと~それから……外から何人か誘拐もしているみたい」
ボスは持っていたプロジェクターのリモコンを操作し、画面を切り替えた。空撮された村とその周辺、そこを行き来する人物の写真がゆっくりとしたテンポでスクリーンに次々にと映し出される。
いくつかの写真は死体が並べられた様子や人が無理やり引きずられている場面をうつしていた。それを見た09部隊の4人は身をすくめたが、ボスは構わず話を続けた。
「周辺地域で行方不明者は続出、捕まえた人は殺して生贄、余罪はたっぷり出てきそうだね~」
トサはメガネを掛け直した後に質問した。
「それで……何かしらの怪異の仕業なのか? 計数管の数値は?」
ボスがリモコンを操作し、画面が切り替わる。それは09部隊とは別の諜報員が現地で撮った各計測機械の写真だった。メーター部分は添えつけの日除けによって薄い影に覆われており、数値は比較的明瞭に読み取れた。その他にも儀式殺人の悲惨な現場、採取された血液や組織サンプルの画像と検出された物質を示す図表がトサに見せつけるようにゆっくりとしたテンポで切り替わる。
「取れたデータ的には完全に黒だね~。精霊か神格実体がいることは間違いないけど、問題は敵対的かどうかだけど、こっちの諜報員も何人か行方不明だから――」
ボスが言う。
「俺等にまわってきたわけか」
カイは口をへの字に曲げた。
「そうそう。穏健なやつなら役人が出向いて終わりなんだけどね。とりあえず諜報部の調査はこんなかんじ~」
ボスはリモコンのボタンを押し、プロジェクターは最初の地図を映し出した。
「じゃあ、ここいらで専門家の意見を聞こうじゃないか?」
キシューは目を細めながらトサの方を見た。トサはまたメガネを掛け直し、頬を掻きながら少し考えたあと口を開いた。
「まぁ、別の資料も事前に見たんだが……典型的な支配型だな。自分が一番上になってその下を搾取、大抵はカルト宗教化する。今回の件も多分同じ」
「どうやって対処すれば良いんですか?」
シバが聞く。
「この手のやつは依り代に居座ってることが多い。それを中心に支配を広げる。だからそいつをぶっ壊す」
「ふん、分かりやすくて良いな! ドンパチなら大歓迎だ。でその依代ってやつは具体的に何だ?」
カイは腕を組むとわずかに微笑んだ。
「大体は古い建造物か特異な自然物だ。建造物は神社や祠、自然物なら巨石や巨木がよくあるパターンだ。ボス、諜報部の奴らそういうのは見つけたか?」
ボスは首を横に振った。
「向こうのチームでも見つけられなかったね~。ちなみに、無人機で上空から偵察も行ったけどダメダメ。ただ強力なジャミングか幻術で村内の一部地域が観測できなかったの。だから……」
「何かあるとするとその非観測地域ってことか。だったら現地に入って調査する必要があるね」
キシューの言葉にボスがニヤける。
「よくぞ言ってくれました、キシューちゃん!」
キシューは思わず身を震わせた。ボスのテンションが高いと大抵はろくな事にならないと彼女は知っていた。
「今回の作戦なんだけど、シバくんとキシューちゃんを偽装夫婦として潜入させようと思います!」
ボスの言葉にキシューは思わず身を乗り出し、目を丸くした。シバは微動だにせず、カイととトサは緩む口を押さえながら顔を伏せる。
「なんだそれ! こ、こんなヒョロヒョロと夫婦だぁ!?」
「キシュー。任務なんですからそんなに照れなくても――」とシバが言った。
「照れてねぇ!」シバに唾が飛ぶ。
間を置かず、カイが口を挟む。
「お前、前の飲み会で……ほら、例の件を言ってたろ? 良いじゃねぇか、演習だぞ。相手も申し分無しだろ」
キシューが舌打ちしならがらカイを睨んだ。シバはカイの言葉の意味が分からず2人をキョロキョロと見回すと「何の話です?」と聞いた。
「麗しき戦乙女には秘密があるもんさ」
トサが返事をした。
「そう……なんですか?」
「ああ、そういうもんだ。なぁ、キシュー?」
キシューの鋭い視線はカイからトサに移った。トサは思わず両手を小さく上げて、降参のポーズを取った。
ボスは「まぁまぁ、落ち着いて」とキシューをなだめながら近づくと、その筋張った手を優しく握った。
「社会的に成功した都会育ちの若い夫婦。憧れの田舎暮らしに選んだのが自然豊かな蛹女村! 筋書きとしては完璧でしょ」
「ボス、あたしらは壊し屋ですよ。演技とかそういうのは別の部隊に」
「え~、現地に入って調査する必要があるって、キシューちゃんがさっき言ったんだよ~」
「それは山や森への潜伏だと思って――」
「キシューちゃ~ん。これも命令だからね」
「くっ……」
シバは哀れみの顔でキシューを見つめると「押しに弱い方ですか?」と呟いた。キシューは「うるせぇ」と言い放った。
トサは1回あくびをすると、ほおけた顔をしながらボスに質問した。
「それじゃあ、上手くいけばドンパチは無しってことですかね、ボス?」
ボスは首を縦に振った。
「ま~ね。作戦はこう」
ボスがリモコンを操作するとプロジェクターに子どもが描いたような線のよれた絵が映し出された。09部隊の4人は互いに顔を見合わせ、苦笑いするがボスはお構いなしに説明を始めた。
「シバとキシューは現地で内部告発者、本作戦のVIPと接触。情報提供と実地調査で依り代とされる対象、今回のターゲットを特定し破壊する。これが今回のプランA! カイとトサは2人のバックアップ。それに保険として支援AIも付けてもらったよ。シックル~」
ボスの問いかけにそれまで全く動かなかったクモ型ロボット、ウォッチャーは静かに駆動すると快活で明るいビジネスマンのような男性の声を発した。
「はい、ボス。今回も共に任務に従事できること光栄に思います。作戦遂行のため、存分に私をお使いください」
シバはシックルに興味津々な様子で、新しいおもちゃを見つけた子供のように表情を明るくした。
「そ~いえば、シバくんは初めてだったね。シックル、自己紹介!」
シックルはその機械音声で咳払いをすると説明を始めた。
「はい、ボス。私は統合作戦支援AI、シックル。それぞれ異なるボディを単一のAIである私が操作し、任務の遂行を支援します。今回は3体のボディ、皆さんが目にしている偵察ボットのウォッチャー、二足歩行型戦車であるハンマー、大型無人航空機のアローを提供いたします。シバ、キシュー。蛹女村でのお二人の末永い幸せな結婚生活を願っております」
シバは「お~!」を声を上げ、関心した様子で小さな拍手をした。キシューは眉間を押さえ、大きくため息をついた。ボスはその様子を見て微笑むと大きく手を叩く。
「はい! ま~細かいことは後で詰めるとして、今のところ質問ある人~?」
一呼吸置いて、シバが手を上げた。
「はい、どうぞ!」
「あの、これって潜入がバレた場合はどうするんですか?」
シバ以外の09部隊の3人と1体、そしてボスがお互いに顔を見合わせた。数秒の後、カイが口を開いた。
「そりゃ、プランBに移行だな」
シバは目線を上にやり、少しの間だけ考えたが、すぐに視線を戻して再度カイに質問した。
「それで……プランBってのは具体的にどんなものなんですか?」
「ねぇよ。そんなもん」
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