09部隊、祠を破壊せよ!

@doniraka

第1話 ダイナミック・エントリー

「この二人を死刑とする!」


 都市部から離れた山奥にある蛹女村。その古びた木造の公民館の壇上にて1人の男が声を荒げる。


 40代で歳の割には腹は出ておらず、だが細くもなく体格は良い。整えた髪にわずかに白髪が見える。その男はこの村長の名前を田村といった。


 この男の怒りの矛先はこの村に一ヶ月前に引っ越してきた若い夫婦に向いていた。それぞれが腕を縄で縛られ、押さえつけられて膝をついていた。夫婦の背後には武器を持った男2人がそれぞれ付いて、にらみをきかせていた。


 さらにその周りを何十人という村人たちが取り囲む。皆一様に興奮した様子でその手には斧、鎌、スコップ、つるはしが力強く握られており、その目は血走っていた。浅く速い村人たちの呼吸と唸り声が木材の軋む音に紛れて聞こえる。館内にはあからさまな殺意がその夫婦を囲うように渦巻いていた。


「殺せー!」

「ホヨ様に捧げろ!」

「解放のために!」


 村人たちが叫ぶ。すかさず夫の方が口を挟んだ。


「何でですか!? 僕らは普通にただ普通に暮らしていただけで!」

 嘘だ。任務のために夜中に偵察に向かい、いくつかの私有地にも侵入した。短髪で顔にあどけなさが残る青年、彼は夫役でコードネームはシバ。


「そうだ、そうだ~。私たちは何もしてな~い」

 嘘だ。正体がバレそうになった時に口封じで村人を数人殺した。セミロングの黒髪に小麦色の肌の女性、彼女は妻役でコードネームはキシュー。


 シバは目配せした。キシューに演技してくださいと無言で訴えたが彼女はわざと目線を外し、知らないふりをした。


「横暴だぞ~」

やる気のない返答が公民館に響く。


 たまらずシバは小声で話しかけた。


「キシュー、ちゃんとしてください。まだプランAは――」

「いや無理だと思うけどね、この状況」


 シバは思わず周りを見渡す。さきほどから再三見せつけられている憎悪がそこにまだあった。シバは何か自分の心が侵食されそうな気がしてならず、一時期の安らぎを求めてキシューの顔に視線を戻した。その整った目鼻立ちがまさしく目の保養となった。


「ごちゃごちゃ話すな! 罪人共め。ホヨ様は裏切り者を許さない」

 村長の田村から言い放つ。キシューは負けじと睨み返すと口を開いた。


「裏切りも何も、勝手に仲間扱いされてもね。変な儀式に呼ばれるこっちの身にもなってくれ」

「減らず口を! せっかくの受け入れてやったというのに」

「受け入れた? ほぼ強制じゃないか。それになんだ? あの厄介過干渉クソご近所さん。ムカつきすぎて数人ヤッちまったよ。なぁ?」


キシューはシバの方へ顔を向けた。


「もう少し穏便に進めてもらえたら助かるのですが……」

「ケダモノ共に容赦しようってのがそもそものおかしな話さ。そうだろう? それにあんたはあんたで不法侵入かましてたじゃないか?」

「あれはターゲットの位置を探るため仕方なく――」


田村は頭を抱え、それから声を荒げると会話を遮った。一瞬だけ田村の怒りに満ちた顔が異様に歪み、人ではない狂気じみた獣のような声が公民館内に響き渡った。


「だまれ! お前たちの処刑は被害にあった者たちに任せるとしよう。覚悟しとくんだな」

「被害にあった者? この村じゃ死人が生き返るのかね」


キシューの返答に田村は笑みを浮かべた。


「ああ、そうだとも。 ホヨ様に抱きしめられた者は死を恐れぬ解放の同志となる。お前に殺された者はすでに生き返り、処刑場で待っている」


シバとキシューがお互いに顔を見合わせる。

「それは……会ったら、すごく気まずそうですね」

「問題ないさ。もう一度殺せばいい」


田村は2人の平然とした態度が気に入らなかった。腹の中が煮えくり返り、今すぐにでも手を出してしまいそうだったがグッと堪えた。処刑はすっかり村の娯楽になっていた。共通の敵をみんなの眼前で屠る。それが村人同志の結束、そしてホヨ様との絆を強くした。その機会を私情で奪ってはならなかった。


田村の怒りがシバとキシューに伝わると2人は再び顔を見合わせた。


「ちょいと煽り過ぎちまったか?」

「まぁ、カイとトサが来るまで時間稼ぎになりましたから」


 キシューは視界の端に何かを感じ取り、一瞬目線を上に向けた。それから少し間を置いて口を開いた。。


「噂をすれば。シバ、お迎えが来たよ。ほらあれ」


 キシューがあごで指す。その先は公民館の天井の木材で編まれた構造の向こう側、その隅っこ。シバが目を凝らすとそこには手のひらより少し大きいクモ型ロボットが張り付き、カメラのレンズを2人に向け、じっと見つめていた。


「準備しな」

キシューの言葉と同時に公民館の出入り口の古びたドアが音を立てて開き、黒い棒状の何かが館内の真ん中に投げ込まれた。

 

 2人はすかさず目を伏せる。直後、投げ込まれた何かは凄まじい轟音と閃光、それに加えて大量の煙をあたりに撒き散らした。耳鳴りに表情が歪む中、シバとキシューは周りを見渡した。すでに煙は広がっており、窓からの光の影響で人のシルエットがやっと認識できる程度だった。その最中、公民館の内部へ2つの影が入り、同時に銃声が鳴り響く。村人たちの影が煙越しに次々と倒れると、それを合図にシバとキシューは反撃に出る。


 2人は自分たちを押さえていたそれぞれの村人に襲いかかった。両手を縛られたまま相手の腕をねじり、膝に蹴りを入れ、顔を殴る。ひるんだ隙に相手の頭部を抱え、そのまま力を入れた。肉と骨の折れ曲がる感触が手に伝わり、同時に鈍い音が鳴ると村人の死体が2つできあがった。美しいシンクロ。二人はすばやく出入り口に向かって走る。


 煙の匂いが鼻を刺し、轟く銃声が耳を打つ。うっすら見える影と銃口の光を目印に、シバとキシューは身を屈めながら、撃ち続ける二人の男の元にたどり着いた。


「カイ、ちょっと来るの遅かったんじゃない?」

「飯食っててな! わりぃ」


 軽機関銃を構えたフリース帽と髭面の大男、コードネームはカイ。彼は腰からナイフを取り出すとキシューの腕の縄を切った。キシューすぐさまカイの太ももにあるホルスターから拳銃を取り出す。軽やかな手際で装弾を行うと向かってくる村人を撃った。


「シバ! お前の分だ」

 もう一方、ブッシュハットをかぶるメガネを掛けた男、コードネームはトサ。彼もシバの縄をナイフで切り解くと自分の物とは別のアサルトライフルを渡した。シバはそれを受け取ると慣れた手付きで構え、襲いかかる村人を次から次へと撃ち殺した。


「ここから出るぞ!」


 カイが叫ぶと、4人は射撃しながら後ろに下がる。村人たちに容赦なく銃弾が食い込み、肉を裂いては血飛沫が舞う。しかし、ある者は1発2発ではびくともせず、ある者は倒れても再び起き上がった。まるでそれが当たり前かのように。


 銃を持つ手に反動が響き、轟音による耳鳴りが続く。それこそが自分たちの圧倒的優位性を知らしめるものだったが、それに対抗しようとする村人たちの不気味なまでの耐久力にそれぞれが息を呑んだ。


「まじで生き返るのかよ! やってらんねぇぜ。こりゃ」


 トサはそう言い放つと射撃を止め、出入り口に向かって走った。公民館から少し離れた場所に停めてある自分たちの四輪駆動車にたどり着くと運転席に座り、エンジンをかけた。


「相手するだけ無駄だ! 早く逃げるぞ」


 トサが叫ぶと残りの3人が煙が漏れ出る公民館から飛び出る。カイが助席、シバとキシューが荷台部分に乗った。


「出せ!」


 カイが車体を叩き、トサがアクセルを踏み込む。けたたましい音を立てながら車が発進する。数人の村人が凄まじい形相で血に塗れながら走り、何とか車に追いつこうとする。


 ほとんどの村人が引き離される中、ただ1人、金髪の村人が荷台のへりを掴んで何とか車にしがみ付いた。武器は持っておらず、上半身を乗り出すと声を荒げた。


「逃さねぇ! 逃さねぇぞ! お前ら全員ホヨ様に捧げて俺が一番に――」


 突如、2回の銃声。2つの弾丸が頭蓋骨と脳を砕いた。金髪の男はその身を荷台に預けたまま死んだ。エンジン音が鳴り響く中、キシューの構えた拳銃から硝煙が立ち上る。シバは後方を確認する。車はすでに遠く村人たちを突き放し、それはやがて見えなくなった。


「おっかねぇ村だ。こんなんゾンビ映画じゃねぇか」


カイが渋い表情をする中、未舗装の道路を車は走り続ける。


「ゾンビの方が大人しく死んでくれるだけマシだと思うけどね」

 キシューはそう言うと車の荷代の中を移動した。風が頬に当たる中、腰を低くしながらシバの前を通ると荷代のへりに引っかかった金髪の村人、今はまだ死体のそれを押し退けようとした。


「キシュー、ちょっと待て」


 トサから声が掛かり、キシューは手を止めた。


「そいつは後で調べる。そのままにしといてくれ。でも気いつけろ。また動くかもしれないからなそれ」

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