季節のチュロスとフルーツジュース

「はあ……」


 深い溜め息。


「問題は今広瀬くんが言ったのと、日本史の授業は明日や金曜もあるのに、、ね」


 ああ、言われてみれば確かにそうだ。今日アンケートを受け取らなかったのも謎だけど、来週に限って受け取るというのもおかしな話。どこの世界に数問のアンケートに一週間かける人がいるのだろう?


「……」


 一通りのことを話し終えたのか、杜さんは季節のフルーツジュースに口を付けた。


 数秒、ストローで飲む。


「おいしい……」


 それは良かった。


 そうして今度はバケットに入った季節のチュロスを手に取った。

 ほんのりピンクの、長さ鉛筆ほどのチュロス。それを一つ手に取り、食べ始める。両手で持ち、真剣な顔でもぐもぐとしょくす杜さん。うん、なかなかに面白い絵じゃないか。

 まるでリスのように食べる杜さんを見ていれば……。


「!」


 わお。目が合ってしまった。


 けれど今更になって視線を外すのも恥ずかしいので視線を少しチュロスに移せば、


「ああ、食べていいよ」


 とバスケットごと押してくれた。

 これはこれはありがたい。


「で。わたしからの話は以上だけど、ここまで聞いて広瀬くんはどう思う?」


 どうって、そうだなぁ……。


 実のところ今のぼくは、杜さんが問題にしていない『先生も気付いている印刷ミス』について考えていた。正直色々と気になることもあるけど、いらぬ無駄口を叩いて怒鳴られてもつまらない。

 触らぬ神に祟りなし。

 ぼくはだいぶ前から思っていたことを訊いてみた。


 言いにくいけど……、


「あー、そういえばさっき『』って言ったけどさ」


「うんうん」


 ああ……、そんな真っすぐな目で見られてはどうも続きが言いにくい。無意識にも視線が浮く。


「その、ね。その先生って今日が初出勤なんだよね? そんな先生に整理するほどの書類ってあるのかな。それにぼくは昨日の今日で机は散らからないと思うけど……」


 ぼくが思うことを察してか、


「そんなことありません!」


 珍しく敬語で、ぎろりと睨まれた。

 一節一節区切るように、


「広瀬くんは知らないと思いますけど、っていうのは校内マニュアルのことらしいです。学内は生徒だけでなく先生にもルールがあって、そのルールブックは何種類かあり、またそれらが一人に一冊ずつ配られるそうです。その校内マニュアルを読むのにあやちゃん先生は今とても忙しいんです。

 それに、机の片付けというのは今言ったマニュアルの確認や整理も含まれていると思いますが、使う机自体、もとは産休に入った若林先生のもので、まだ少しですが私物が残っているそうなのです。お子さんの写真とか絵とかが!

 だからあやちゃん先生がその場しのぎで適当に出まかせを言って、アンケートを受け取らなかったというのは確実にありえません! あやちゃん先生は生徒を嫌いになるような悪い先生ではありませんのでっ!」


 口調強めに言われた。

 店内は静まり返っているわけじゃないけど、そうあまり大きな声は出さないでほしい。


 ほら、遠くの方ではウエイトレスさんがこっちを見ているわけだし……。

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