紅茶とミルク

「……」


 時間にして一分ほどプロフィール兼アンケートに目を通す。

 そうしてぼくは用紙から目を離し、思ったことを言う。


「記憶違い。面白いことはなかったね」


「えっ?」


 驚く杜さん。

 おっと。間違えた。


「いい人そうだね」


 一瞬こそ変な顔をされてしまったが、杜さんは同意とばかりに頷いた。


 声を弾ませ、


「うんうん、そうなの。あやちゃん先生は細身で、色白で、声も可愛くて、綺麗系よりは可愛い系のいい先生なの。噂だと急遽三日前の金曜日になって採用が決まったらしいけど、一部ではもうあやちゃん先生のファンクラブまであるの」


 へえ。昨日の今日でファンまでいるとは大躍進じゃないか。それに『あやちゃん先生』とは、今日が初日の授業だったのに……。

 さては杜さんもファンの一人だな?


「お待たせしました」


 その時、注文を取ってくれたウエイトレスさんがトレイ片手にやって来た。


 優しい笑顔で、

「こちらが紅茶で」

 ぼくの前にミルクポットと紅茶の入ったティーカップが置かれる。


「こちらが季節のフルーツジュースと季節のチュロスです」


 そして杜さんの前にグラスとバケットが置かれた。


 透明なグラスの中には桜色の飲み物が入っているのが見て取れる。視覚でしか判断できないけどイチゴしょくが強いみたいだ。そしてバケットの中には桜色のチュロスがどっさりと入っていた。


「ごゆっくりどうぞ」


 笑顔のウエイトレスさんが去って行き、杜さんはストローが刺さったフルーツジュースを一口飲んだ。


「……おいしい」


 それはなにより。


 カバンからアンケートを取り出す。


「それでね。今日のお昼休み、学食でわたしはこれを書いたの。白ちゃんと」


 しろちゃん?


 紅茶にミルクを注ぎながら思ったことはやはり読まれた。


 ジト目で、


「……青葉白あおばしろちゃん。男子にモテモテのクラスメイト」


 そっか。お城みたいな名前だね、なんてくだらないことは言わない。


 ぼくは紅茶で口を湿らした。

 目だけで先を促す。


「それでね。わたし学食からの帰り道で偶然あやちゃん先生に会ったの。廊下で。だから挨拶して、どこに行くのか聞いたら、職員室で書類の整理と机の片付けをしに帰るらしくてね。それなら、ってわたしと白ちゃんは書いたアンケートを渡そうとしたの。だけど……」


「だけど?」


 意味深に言い止めた杜さんの言葉を返す。すると、



 え?


「『預かりたいのはやまやまなんだけどごめんね』って断られたの」


「なんで、どうして受け取らなかったの? これから職員室に向かうのに」


 ぼくの質問に杜さんは不思議そうに首を傾げた。


「それがわからないの。ただ、あやちゃん先生は申し訳なさそうにしてた」


 申し訳なさそうに、ねえ……。


「……」


 ぼくは手元のアンケートに目を落とした。




 ※この用紙は次の授業開始時に集めます。




 ……。


「なるほどね。つまりここに書かれてある通り、回収は次の授業にしたかったんだ」


 今日は月曜日。

 日本史の授業は月・火・金にある。とすると次の日本史の授業は明日。つまりアンケートは明日の回収じゃないと意味がない理由が……。


「いや、それも違うみたいなの。そうだったみたいなんだけど……」


 最初は?


 妙な前置きをして杜さんが言う。


「その後、あやちゃん先生が言うの。『明日言うつもりだったんだけど』って前置きをして。『』って。でも、それはいいの。先生も気付いている印刷ミスだったらしいから。問題は……」


 先を継ぐ。


「わかったよ。問題は『どうして今日のお昼休みにアンケートをもらわなかったのか』だね?」


 要点を突いたつもりでぼくは言ったが、


「……」


 杜さんは黙り、ぼくを見た。


「あのさ、広瀬くん……。広瀬くんは『ひとの話は最後まで聞きましょう』って教わらなかった?」


 ……。


 さあ、どうだろう? 教わったとしても最後まで聞いてないからな。


 ぼくはお茶濁しに紅茶を啜った。

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