第2話
月日は流れ、アスター領にはまだ雪は残っているものの巷には春が訪れ、私は家族と共に王都へと向かうことになった。
アスター領から出ると辺りの景色はすっかり春めいてきていてチラホラと花も咲き始めている。
「この辺りは随分と暖かいわねぇ」
母がそう言ったが、私からしたらまだまだ寒いため同意も共感も出来ない。
「王都はもっと暖かいぞ」
そうだといいと心から思っている。
馬車移動で一週間かけてようやく到着した王都は随分と暖かく、アスター領の初夏ほどの気温だったが、それでも私には肌寒く感じる。
城に着くと私は殿下の隣の部屋へと通され、家族は客室へと案内されて行った。
部屋で休んでいるとドアが突然開き、見たことがないお仕着せの女性と共に見知らぬ女性が部屋に入ってきた。
「どなた様?」
声をかけた私をチラッと横目で見たその女性は私を無視して部屋をジロジロと見渡している。
「ここがもうすぐ私の部屋になるのよね?」
お仕着せを着た女性にそう話しかけているのが聞こえてくるのだが、これは何なのだろうか?
どこかのご令嬢だと思うのだが、着ているドレスは派手さが際立っていて上品さに欠けているし、化粧も濃くもったいない。
「お綺麗な顔をなさっているのに、あれでは台無しね」
こちらのことなんて完全に無視しているため気にしないようにしようとお茶を飲んでいたら急に声を掛けられた。
「ねぇ、悪役令嬢さん!」
アクヤク令嬢とは何だろうか?
聞いたこともない単語に首をひねりつつ視線を女性に向けると、意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「もしかして私のことをお呼びになったのですか?」
「あなた以外誰がいるのよ、悪役令嬢さん」
「アクヤク令嬢、ですか? 私の名前はスザンナ・アスターですが?」
「そんなこと知ってるわよ! あなたは結婚式当日に捨てられて追放される運命にある悪役令嬢なの! せいぜい今のうちに豪華な生活を堪能してなさい!」
言っている意味が分からなかったが、あの女性の言うことが正しいとしたら私は三日後の結婚式で殿下に捨てられてどこかに追放されてしまうようだ。
「やっぱり嫌われていたのかしらね? でもあの方、どなただったのかしら? 名乗りもせず行ってしまわれたけれど……」
彼女の言うことが正しいのかは分からないが、どこかに追放されてしまうとしたら行き先くらい私に選ばせてはくれないだろうか?
「出来れば暖かいところがいいわね……そうだわ、昔、図書室で見たあの土地、あそこなんて素敵よね」
幼い頃に家の図書室で見た他国の光景が脳裏に浮かんできた。
その国は一年中温暖なところで、冬でも雪が降らないのだという。
皆が年中夏用の薄手の服を身にまとい、太陽の日差しは常に明るく、色とりどりの花や珍しい鳥が飛び回り、図鑑でしか見たことがないフルーツがなっているそうだ。
そんな夢のような国が本当にあるのかは分からないが、あるのだとしたらそこに追放してもらいたい。
「ちょっと図書室で調べてみようかしら?」
王家の図書室は我が家のものよりも蔵書数も圧倒的に多く素晴らしいと聞いている。
───チリンチリン
ベルを鳴らすと城のお仕着せを着た年配の女性がやってきた。
「御用でしょうか?」
「図書室で調べ物がしたいのだけれど」
「許可をいただいてきますので、少々お待ちください」
「あ、ちょっと待ってちょうだい? 先程この部屋にどこかのご令嬢が入ってきたのだけれど、誰か分かるかしら?」
女性に尋ねてみたのだが心当たりはないようだったが、その後別の者に共にいた女性のお仕着せを説明すると「恐らくはダーズロー男爵家のご令嬢かと」と言われた。
ダーズロー男爵家とはここ数年で貴族爵を賜った商家からの成り上がりといわれている家だとは聞いたことがあるがそれ以上のことは何も知らない。
「そのご令嬢がどうかされましたか?」
「この部屋がもうすぐ自分のものになると仰っていて」
「そのような事実はございませんのでご安心ください」
そう言うとお仕着せの女性達は部屋を出ていった。
「私としてはどちらでもいいのだけれど」
私は寒さに震えることなく暮らしていけたら幸せなのだから。
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