第6話 スノードームの告白

『あはは、聞こえてる?』


 映し出されたのは男性の姿。

 スキーウェアを着用し、スノードームに向かって話しかける。


『今僕は雪山に来ているんだけど、ここに来たのには理由があるんだ』


 男性は雪山に来た経緯を話し出す。

 顔を赤らめると、緊張した様子で大声を出す。


『僕は君のことが好きだ。結婚して欲しい』


 まさかの愛の告白だった。

 男性はスノードーム越しに告白をすると、出会いを噛み締める。


『だから僕はこの雪山に一人で来た。初めて出会った時のこと、覚えてるかな? 僕達雪山で出会ったんだよ。もちろんここじゃないけど、ここじゃないと意味が無いんだ』


 初めて会ったのが雪山。だからこそ雪山で告白をしたい。

 その理由はなんとなく伝わる。

 しかし相手がいない。一体何故? そう思ったのだが、一人で来なければいけない理由しか無かった。


『あの頃の僕は上手く滑れなかった。そんな時、君に助けて貰った。情けなかったよ。でもそれが僕と君を繋いでくれた大切な過程なのは分かってる。だからこそ、僕は今日ここで、君に告白をするために、ここで一人で滑れる所を見て欲しいんだ』


 一人でゲレンデを滑れるようになったことを証明したい。

 それが一人前の男になったことを証明する、絶好の機会だと男性は思った。

 だからだろうか。スキー上級者向けのこの雪山に一人で足を運んだ。しかも誰もいない時期に。


『僕が一人で滑り降りたら、結婚して欲しい。それじゃあ行くよ』


 そういうと男性はゲレンデを疾走する。

 辿々しい所はあるが、見事にゲレンデを駆け降りる。

 風を背中に受け、男性は見事に滑り切った。


『どうだったかな? 今はまだこれくらいしかできないけど、君のためなら僕はなんだってするよ。例えこの命に消えてでもね』


 決め台詞を吐いた。

 少しひ弱な面は見えるものの、それでも立派だった。

 命を賭ける覚悟。それを見せつけると、白いゲレンデも呼応する。


『改めて僕は君のことが好き。だから結婚してください。お願いします!」


 男性は凛々しい顔立ちで頭を下げた。

 相手に本気が伝わった。

 そう確信している顔だ。


『ん? なんだこの音、地面が揺れて……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 男性の断末魔が上がった。

 当然雪が揺れ出し、背後から溢れるように流れ出す。

 突然の雪崩に巻き込まれると、男性は抗う間もなく飲み込まれた。





「雪崩に巻き込まれちゃったんだ」

「そうらしいわね」


 このスノードームに記録されていた映像はこれが全て。

 男性は雪崩に巻き込まれた。幸い柔らかい雪だったおかげか、体への損傷は少なく済んだ。


 それでも死んでしまったことに変わり無い。

 まさかこんなことになるなんて、一つも思わなかったのだろう。


「誰もいないってことはよ、シーズン外に来たってことか?」

「そうかもしれませんね、姉さん」

「だよな。ってことはよ」


 男性はシーズン外に来ていた。

 それは明らかで、男性の息がそれほど白くなかった。

 きっと溶けやすい時期に来たのだろうと、セッカは口にする。


「雪が柔らかかった。だから、雪がちょっと滑っただけで崩れたのかも」


 雪は水分だ。当然溶ける。

 太陽にも近い雪山の頂上付近は、それだけ雪崩の可能性も高い。

 今回男性はそれに運悪く巻き込まれた。


「セッカさん」


 セッカは悲しそうな顔をする。

 それもそのはず、大好きな雪山で人が事故に遭ったんだ。

 苦しくなるのも当然で、胸を抑えている。


「雪山も生きてる。自然は時に牙を向く」

「それはそうですけど……」


 雪山だって生きている。人間が生きるのと同じように、自然も呼吸している。

 その間を間借りしているだけ。

 人間は、生き物は、自然には勝てないのだ。


「コレが残っただけマシだと思うから」


 スノードームを片手にセッカはポツリと唱える。

 確かにスノードームが記録してくれたのは真実だ。

 それを知れただけ、マシと思うしかない。


 何だか滑る気もなくなってしまった。

 誰一人としてスキーを再開しようとは思われず、ただ無言で空を眺める。こんな日なのに空は快晴、ギラギラと光が打ちつけ、ゲレンデに反射していた。眩しくてとても綺麗、同時に雪山の残酷さを知った。

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